天使のキス ~Deux anges~ 第27話

 昼はにぎやかな佐藤邸も、平日の深夜はしんと静まり返り足音ひとつしない。プライベートスペースとなるとなおさらで、麻理子は自分の部屋から顔を出して左右を確認し、足音を立てないように注意しながら廊下へ出た。

 どうにも我慢がならない。

 なんとかして、勇佑にそうではないと言って欲しい。

 覚悟して電話してみたのに、呼び出し音ばかりで勇佑は出てくれない。公衆電話でかけてみると切られてしまった。

 やはり本当なのだろうか。勇佑がやったのだろうか。

 沸いてくる疑念を振り払うようにぶんぶんと顔を横に振り、絶対に違うと麻理子は思いなおす。

 勇佑を陥れようとしている何者かが、仕組んだ罠に違いない。絶対にそうだ。だから本人に直接聞いたらすべて解決する。なのにどうして避けられるのだろう。

 貴明が心配してくれているのはありがたいが、それはそれでこれはこれだ。親族の問題に巻き込んで迷惑をかけるのはよくない。やはり自分が解決するべきだと麻理子は思い、深夜に邸を抜け出そうとしているのだった。

 みどりは今夜は特別な用があり、いない。

 本来麻理子は怖がりで、人が居ない深夜の建物の中など大嫌いだった。それでも真実を問いたい一心で、薄暗い照明しかついていない廊下を、怖いのを我慢してひたすら歩く。

 ふと泣き声が闇にまぎれて聞こえ、麻理子の怖がりのスイッチが完全に入った。

 一瞬で周囲が霊の溜り場と化し、麻理子は姿の見えない何かに震え上がった。柱の影や天井の隅の暗がりに何かが潜んで麻理子を見つめている。風が吹いて、渡り廊下の向こう側にある中庭の木々の葉がかさりと音を立て、麻理子はぎくりと身体を固くした。揺れる枝が人の腕になり、麻理子を捕らえようと手を伸ばしてきた。

 また女のすすり泣く声が聞こえた。左側の中庭からそれは聞こえてくる。

 もう怖くてたまらない。今日は中止だ。

 逃げようとして振り向いた瞬間、麻理子は、厚い弾力性のあるものに勢いよくぶつかった。

「……何してるの?」

 幽霊などより遥かに怖い顔で、貴明が立っていた。

 麻理子はあせって後ずさりしたが、中庭からまたすすり泣く声が聞こえて、縮み上がった。

「怖がりの癖に、どうして深夜歩いてるのかな……?」

「あの、私」

 貴明にぐいと左腕をとられ、麻理子は行きたくもない幽霊の居る中庭側へ歩かされた。泣き声はいよいよ近くなってきて、逃げたくてたまらないのに逃げられず、怖い貴明の腕に取りすがるしかなかった。

「よく見てごらんよ」

 貴明が囁き、麻理子は木陰から貴明が示した方を見やった。

 そこに居たのは幽霊ではなく、恵美で、男物のスーツの上着を抱きしめて白いベンチに座り、しくしく泣いていた。スーツで顔は見えなかったが、か細い身体で震えている姿は、幽霊とは程遠かった。

「ああやって、親父を慕って泣いてるんだよね、時々」

「時々?」

「深夜に泣き声が聞こえるから見たら、泣いてるからさ」

「…………」

 どこからともなく冷たい風が吹いてきて、麻理子の頬をひんやりと撫でた。もう怖くない。

「恵美さんのお身体によくありませんわ」

「すぐ帰るだろうから心配ない。雅明がどこからか見てるし」

 つまり、雅明に麻理子は見つかり、貴明にこうして捕まったらしい。

「君は深夜にどこへ出かけるのかな?」

 後ろめたい麻理子は何も言えず、俯いた。 

 再び腕を引っ張られ、そのまま貴明の部屋へ引きずり込まれた。扉が閉まり、麻理子はしきりにごめんなさいと繰り返したが、貴明は何も言わずにずんずんと部屋を突っ切って、寝室の扉を開けて大きなベッドへ麻理子を突き飛ばした。覆いかぶさってくる貴明は相当怒っている。

 麻理子は嫌というほど強く両手首を握り締められ、シーツに押し付けられた。貴明の目は、これ以上は無い程冷ややかだった。

「言った筈だ。一人で屋敷を出るなと」

「屋敷を出ようとなんて……」

「庭を散歩するだけに、そんなにおめかしする必要があるのか? 僕の言いつけを聞けないのなら、親父の様に君を監禁するしか無いな」

「か、監禁?」

「恵美はね、逃げ出せない様に半年程部屋に鍵かけられて、閉じ込められてたんだよ。可哀想な話だよね?」

「……………」

「それなのに二人は相思相愛になるんだから、わけがわからない。恵美は親父を心底愛してしまってる。でも親父はこの世には居ない。だから恵美は屋敷に戻るのを嫌がったのさ」

 ガチャッと金属音がして、手首に冷たいものが引っかかった。

 手錠だ。

 片方を自分の手首にかけ、貴明は言った。

「勝手に抜け出さない様に夜はこれからずっとこうする。信用できない人間はそうするしかない」

 貴明はベッドに横たわり、麻理子は何も言えず天蓋ベッドの天井を見つめた。

「なんだってわざわざ殺されにいくの?」

「お兄様が犯人とは決まってません」

 頑なな麻理子に、やっぱり納得してないのかと貴明がため息をついた。あきれを多分に含んでいるため息に、なにもしらないくせにと麻理子は腹が立ったが、共に育ったわけでもない貴明が知るわけがないのだった。

「あのね、勇佑がシロだとしても、周りに犯人が居るに決まっているだろう? そんなところへ一人で乗り込むなんて、それこそ危ないじゃないか」

「あ……」

「あ、じゃないよ。どうかしてるよ麻理子は」

 いつもの冷静さが戻ってくると、無謀すぎた自分の行動が、麻理子は恥ずかしくなってきた。

 だが、しかし。

「みどりとなら一緒に行っても……」

「誰とでも絶対に駄目」  

 取り付く島も無い。

 今夜はあきらめるしかないだろう。

 貴明は怒りが収まらなくて眠れないらしく、その気配がなんともきまずい。

 空気を変えたくても、貴明にはめられた手錠が許してくれないのだった。

 強い、とても強い愛だ。

 僅かの隙もなく、貴明は今の麻理子の一挙一動を見張っている。隠しカメラなどはないにしても、いやむしろそんなものは邪魔に成る程、貴明は麻理子に聡い。

 この邸は貴明の檻だ。それも、ただの檻ではなく甘美で快適な檻だった。

「……貴明様になら閉じ込められてもいいです、私」

「何を言っている?」

 突拍子も無い麻理子の言葉に、貴明は心底呆れ返ったようだ。

「ずっと貴明様の傍にいたいし、独占されていたいです。めちゃくちゃにしてほしいような気がします」

 ふーっと深いため息を貴明がついた。

「恵美の様な従順な女ならまだだしも、我の強い君が耐えられるわけないだろ? 今だってぬけだそうとしたじゃないか」

「そうでした……」

 貴明が頭を掻き、手錠がかちゃりと音をたてた。

 外からは、虫が鳴いている声がわずかに聞こえてくる。

「恵美は会った瞬間から親父に恋に落ちた。最初に出会ったのは僕だったけど、敵わなかった」

「……貴明様?」

「恵美が言ったんだ、僕にはいきなり落ちる恋がふさわしいって。自分がそうだったからって決め付けるなって思った。だけど僕は本当に一瞬で麻理子に恋に落ちた」

 貴明は過去の回廊を巡って、再び現在へ戻ってきた。

「……何なんだろうな恋って。それまでの恵美への未練を、麻理子は僕と話してもいないのに一瞬で吹き払った。どんなに忘れようとしても忘れられない想いを消し去ってくれた。まるで恵美への恋は錯覚だったかのように」

「貴明様は私が他の男性に……」

「それは絶対にない」

 くすくすと貴明は笑った。自信たっぷりな口ぶりを麻理子は憎らしく思ったが、確かにそれはありえない。そんな自分を想像もできない。貴明と別れるところなんて全く想像できない。隣に貴明が居て当たり前で逆もしかりだ。一月も経たない間に、こうしているのが当たり前になっていた。

 

 翌日、恵美の部屋に麻理子が行くと、保育園から帰ってきていた穂高が恵美の隣で寝ていた。恵美は本を読んでいて、麻理子ににこりと微笑んだ。

 昨日の悲しそうな姿はみじんもない。

「おかげんはいかがですか?」

「もう大丈夫ですから、麻理子さんもこちらはいいんですよ?」

 いつも申し訳なさそうに、恵美は言う。

 元恋人のフィアンセに世話を焼かせているのだから、これは当然の遠慮だろう。麻理子は全く気にしていなかったが、恵美は相当気にしているようだった。

 麻理子はハーブティーをセットしながら言った。

「こちらのメイド数人が、恵美さんのお世話になってるみたいで」

「ああ、あれね。なんか悩んでるみたいだったから相談に乗っただけ」

「うまくいったと喜んでましたよ」

「そうなの……良かったわ」

 人のことを心底うれしそうに恵美は喜んでいる。

 これは天性のものなのだろう。恵美は人を安心させて心を開かせる、穏やかな雰囲気を漂わせていて、何もかも打ち明けたくなる。的を射たアドバイスはメイドたちの支持を集めており、さすがに社長が熱愛しただけあると評判だ。

 それには麻理子も多少の嫉妬を覚えてしまう。本来ならその相談は、佐藤邸の女主人となる麻理子が受けるべきなので、自分のいたらなさが露呈したように思われ恥ずかしかった。

「私、仕事以外の相談はよくわからなくて」

「誰でも得手不得手があるし……、でも、やっぱりあんまりよくないからもう受けないようにするわ」

 そんな風にさせたいわけじゃない麻理子は困った。しかし麻理子が何か言う前に、それよりもと恵美は言った。 

「こちらは本当にもう大丈夫ですから、貴明と一緒に居てあげてください。貴明はかなり嫉妬深いから、こっちに必要以上に来ると……その、麻理子さんが……」

 麻理子が気を回すのを、恵美は申し訳ないと思っているらしい。

 それについては、麻理子は胸を張ってこう言い返す。

「大丈夫ですのよ? 浮気以外はお心が広くおなりですから」

「はあ……それなら……良いのだけど」

 麻理子の入れたハーブティーを啜り、それでも恵美は不安そうだ。どうも貴明は、相当な嫉妬と束縛で、過去に恵美を悩ませたらしい。

 麻理子はそこでふと気づいた。この部屋は佐藤邸の中でも、ずいぶんとグレードを低く見せかけてある。そのためずっと使用されず空き部屋になっていたのだが、ひょっとしてこの部屋は……。

「あの、貴明様に言われてこのお部屋を恵美さんにお貸ししたのですが、以前も使われていたのですか?」

「え? ええ。五年間ほど」

 洋室だから麻理子は今まで気づかなかった。この部屋は、どことなく恵美の家に似ているのだった。安らぎに満ちていて、眠ってしまいたくなるような……。

 思わず麻理子はため息が出そうになった。

 それは羨望だった。この部屋には先代の恵美への愛情がそのまま表れていて、また貴明にもその愛が引き継がれている……。

 でも恵美は、それはよくないと言った。

「改装してしまってください。私は病気が治り次第戻りますから。もうここに私たちの居場所はあってはならないんです」

「え? あの」

「大分健康に戻ってきたそうなの。明日にでも……」

 麻理子がどうしたものかと焦っていると、突然ノックもなしに扉が開いて、雅明が入ってきた。

 相変わらず酷い格好だ。よれよれのジーンズとしわしわのTシャツは、洗濯されていて汚くはないものの、おおよそこの屋敷にはふさわしい格好ではなかった。

「それは駄目ですよ、恵美さん」

「また立ち聞きしてたのね」

 ぷいと恵美は横を向いた。

 いきなり言葉が辛辣になる恵美に麻理子は驚いた。しかし雅明は意に介さず、勝手にベッドの脇に座り込み、ぐっすり眠っている穂高の頬を軽くくすぐった。

「ありゃ穂高寝ちゃったのか。もうすぐ美雪ちゃんが帰ってくるから、遊んでやろうと思ったのになあ」

 ずいぶんと馴れ馴れしい。

 恵美はよほど嫌がっているらしく、不機嫌さを隠そうともしない。にもかかわらず雅明はご機嫌そうだ。

「お元気ですか恵美さん?」

「元気よ。早くお仕事に戻ったら?」

「せっかく寂しい一人寝の未亡人を慰めようとして来たのに、つれないですね」

「うるさい! あんたみたいなナンパ男は大嫌いなのよ!」

 怒鳴った恵美は、それが身体に触ったらしく額を手で押さえた。雅明はその恵美の肩を抱いて、やさしくベッドに寝かせた。

「ほーらほら、弱ってるのにどなったりするから……」

「触らないでよ、汚らわしい。あんたってば貴明と双子なのにホント大違いだわ」

 いい加減にしてあげて欲しいと麻理子が思っていると、雅明に微笑みかけられた。顔は貴明とそっくり同じなのに、どうも不気味な色気が入り混じっていて薄気味悪い。まるで淫魔の誘惑のようだ。

 とにかくここは出ていってもらうべきだ。麻理子は腰に両こぶしを当てた。

「ご近所と伺いましたけど、会われたのは数週間前ですよね?」

「ええ。運命の出会いって本当にあるんだなと感動しました」

 ドラマのような言葉をさらりというあたりが、日本人らしくない。

 腹を立てている恵美は、雅明に背を向けて寝転んでいる。イライラしているのが目に見えてわかった。恵美が言った。

「私、思わず貴明と間違えたのよ。それなのにこの人は、穂高は自分の甥になるんだから、家族同然だとか言って家に上がり込んで、抱きついたり変なところ触ってきたり、キスしてきたり……いやらしいし厚かましいの!」

 そこまでとは麻理子も思っていなかったので、ぎろりと雅明を睨んだが、当の本人はどこへ吹く風で、サイドテーブルに伏せられていた写真立てを勝手に取った。

「きゃあ! 人のもの勝手に見ないでよ!」

 恵美が慌てて起き上がろうとするのを、雅明は抑えて笑った。

「こおんな、死んだ奴を眺めてたって仕方ないって。新しい恋を探した方が人生楽しいよ?」

 かなり乱暴な言い方だが、雅明が言うと何故か辛辣な棘を感じない。雅明なりに慰めているのがわかる。

 写真立ては二つあり、一つは先代一人が写っていて、もう一つは正人との家族写真だった。

「佐藤圭吾だって女たらしだったじゃないか? 私と変わらないと思うけどね?」

「大違いよ! 圭吾は私に出会ってからは私だけを愛してくれたわ。あんたは遊びほうけてるじゃないの」

「じゃあ今日から恵美さん一人にしぼろうかな」

「お断りよ。出てってください! 一人になりたいんだから!」

 このままだと血が上ってヒステリーになりかねず、麻理子は雅明を部屋の外へ連れ出した。

 恵美の部屋からある程度離れたところで、麻理子は雅明に注意した。

「いけませんよ、恵美さんはまだ正人さんを亡くしたばかりの方で、病人でいらっしゃるんですから」

「腫れ物扱う様にしてたって元気にはならないさ。見ろ、私と話すと恵美さんは元気になる」

 麻理子はあきれた。雅明はふふと笑う。

「しっかし、あの恵美さん……。やつれてるけどさ~いい女だよねえ。胸でかいし、腰は悩ましいしさ~……身体やわらかそうだし。抱いたら気持ちよさそ~」

「そんないやらしい顔をしてるから、恵美さんは嫌がられるんですよ」

 麻理子が注意しても、雅明は聞いちゃいない。

「佐藤圭吾も貴明も、あの身体を抱きまくったんだな、うらやましい」

「駄目ですよ! 恵美さんに手を出したりしたら」

 すると、雅明は麻理子に顔を寄せた。

「じゃあ麻理子さん、代わりに抱かせてくれる?」

 耳に息を吹きかけられて、怒った麻理子は思い切り雅明の頬を平手打ちした。そこでトレイを置き忘れていたことを思い出し、冗談なのに痛いと文句を言う雅明を置いて、おそるおそる恵美の部屋へ戻った。

 恵美はもう落ち着いていて、麻理子に懇願した。

「ねえ麻理子さんお願い。何とか家へ帰れないかしら? 本当に貴方たちの邪魔にしかならないし、あのスケベはうっとうしいし、家は心配だし……」

「邪魔なんてとんでもありませんわ」

「本当にお願いします!」

 頭を下げられて麻理子は困った。

「そうして差し上げたいですが、恵美さんストーカーされていらっしゃるし……」

「一番危険なのが雅明さんです!」

「貴明様に相談しましょう」

「貴明でもあの変態はどうにもならないのよ。何度も言ってるもの」

 恵美の中では、雅明はスケベで変態な男になっているらしかった。麻理子もそう思う。

「……困りましたね」

 麻理子はその夜貴明に言ってみた。

 すると貴明は苦虫をつぶしたような、なんともいえない顔をした。

「僕も言ったけど……どうにもならないんだ」

「恵美さんがかわいそうじゃありませんか」

 貴明は手首の手錠をじゃらりと鳴らし、シーツの上で頬杖をついた。あの一夜以来、ずっと麻理子と貴明は手錠で夜は繋がっている。長めに直したので行動に不自由はないものの、傍目には異様な恋人同士に映るのは否めない。細工を頼んだ執事にはなんのプレイかと面白がって聞かれたと、貴明は言わなくてもよい事を言い、麻理子は執事の顔を見られなくなってしまった。

「本当に嫌がるような真似はしないと思うんだが。あまりつついたら藪蛇になりそうでね」

「そういうもんですか?」

「麻理子は気づいてないの? あいつ、恵美の話すると目の色が虹色がかるの」

「さあ?」

「注意深く見つめてないと気づかない程度だけど、あれ、多分、相当本気なんだと思う。ま、手荒な真似はしないように再度言っておくよ。だが、家へは健康体になっても危なくて帰せない。やっかいな相手に狙われてしまってるから」

 麻理子は貴明に顎をくすぐられ、ひゃっと肩をすくめた。

「麻理子もだよ?」

 ベッドランプの逆光で陰になった貴明に、何もかもわかっているという目で覗きこまれる。しかし麻理子はなんの話かわからないと、微笑んで見せた。未だに勇佑への接触を諦めていないのが、貴明にはお見通しなのだ。

 昼間はみどりが、夜は貴明が麻理子を監視している。

 貴明は隙ができないので、麻理子はみどりにターゲットを絞り、隙を伺っていた。

 勇佑は絶対に敵ではない。

 いくら疑念がわいても麻理子はそう信じていたかった。両親の葬式の時の、沈痛でそれでいて誠実に対応してくれた勇佑を、嘘だったと思いたくなかった。

「SHIMADAは、うちには及ばないもののそれなりの企業だ。傷は大きくしたくないが……」

 貴明がそこまで言って、黙り込んだ。

 麻理子はそっと貴明に寄り添い、腕に抱かれながら目を閉じた。

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