天の園 地の楽園 第2部 第07話
「ちょ、待って貴明……っ、友達なのに」
「男の友達を一人で家に上げるなんて、無防備もいいところだよ。大学で知り合った男連中を部屋に上げたりしてない? だとしたら恵美が無事なのは奇跡だね」
正人や貴明以外を部屋に入れるなんてするわけがない。そもそも貴明ですら入れたくなかったのだから。
貴明の唇が耳朶にすべり、恵美の身体はその熱さにびくついた。
「恵美が、欲しい」
「で……も」
「佐藤圭吾にはもう僕の母という存在がある。それを承知で恵美はあいつのものになるつもりか?」
絡められた貴明の右手も熱い。
「不倫なんて、嫌よ」
恵美はしわがれた声で言った。不倫なんて嫌だ。でも一方であの黒い目を見つめていたいとも思う。一緒に居たらきっととても楽しいだろうし、浮き立つ気持ちがお互いを伸ばしてくれそうだ。……それなのに彼は妻帯者なのだった。おまけに血が繋がっていないとはいえ、貴明の様な大きな子供までいる。
何の為かはさっぱりわからないが、やはり圭吾は最初から恵美を知っていて近づいてきたのだ、恵美はそう確信して、胸が細い紐で引き絞られるように痛むのを感じた。貴明の言うとおり自分は無防備で、いつも誰かに守られていないと駄目な人間だ。貴明が言わなければ恵美は圭吾の思うがままになっていたに違いないし、芽生えた想いをより一層深めて、人の家庭を壊す恋と知らずに歓びに浸っていたはずだ。どこから見てもバカそのものだと恵美は悲しくなった。
知り合った途端に失恋なんてあんまりだ。貴明の手が止まらない涙を拭ってくれても、涙は止まらなかった。
「あいつのためになんか泣かないで」
ああそうか、貴明はこんな想いを自分に抱いていたのかと、今頃恵美は気づいた。僅かな望みがある限り諦めたくなどない、プライドの高い貴明なら余計にそう思うはずだ……。恵美の恋は育つ前に消えていこうとしている。どれだけ圭吾を想っても、それは後ろ指を指される誰も幸せになれない恋なのだ。
「……ごめ……んね」
「何に対して謝ってるの?」
言いながら、貴明が自分のシャツのボタンを外していく。恵美は解放された右手で自分の目を拭った。
「家がどうこう言って、別れようだなんて……」
「そうだね。でもそれも間違ってないと思うよ。確かに違いすぎるのもわかるから」
「……貴明はとても綺麗でかっこいいもの」
「……ふ、綺麗はいらないなあ」
「ん……」
唇が重なり、貴明の手がチュニックの中に忍び込んで、肌をやわらかく撫でた。恵美は失恋をして初めて貴明の想いの深さを知り、自分が貴明に取った行動の罪悪感から貴明を拒絶しなかった。だが圭吾への想いが消えたわけではなく、それはまだ胸の中で燻り続けている。身体をまさぐる貴明の手が、きわどい所までゆっくりと上がってきた。
「ちょ、そんなとこ、くすぐったい」
「胸触った位でおおげさな」
貴明の掌がブラジャーを押し上げて直接乳房を掴んだため、恵美の身体は跳ね上がった。そんな場所に自分以外の体温を感じた経験は、あのペンションでの貴明以外にない。
「貴明は経験豊富かもしれないけどっ!」
「バカ言うな。僕だって今が初めてだってば」
恵美は信じられなかった。
「……うそでしょ? もてるのに」
「……恵美の中で僕はどんな男なんだよ。まあ、そういうわけだから下手でも怒らないでね。友達から聞いた程度しか知識ないし」
「そんな……あんっ」
首筋に貴明の唇が這った。その間も乳房は揉みまわされていて痛いほどだった。男を知っている美樹が、セックスはとてもキモチがいいと言っていたが、実際その目に会ってみると気持ち良いのかどうかはわからない……。第一恥ずかしすぎてやっぱり止めて欲しい。貴明を見上げた恵美は、自分の顔をじっと観察している貴明の視線に気づいて顔を真っ赤にした。局部丸出しの自分も、素裸の貴明もとんでもなく有り得ない。
「お願いだから、電気、消してっ」
「駄目、恵美が見えないもん」
「恥ずかしいから!」
言っている間にも露出した乳房が舐められて、胸の先が固く尖っていく。貴明の唇から赤い舌がちらちらと出ているのが淫靡すぎて、恥ずかしくて見ていられない恵美はぎゅっと目を閉じた。貴明の髪が肌に直接触れてくすぐったいったらない。ちゅう……と胸の先を吸われ、じんと下腹部がうずいた。気づけば貴明の身体が、スカートを履いている恵美の両足の間に押し入っている状態で、スカートは腰近くまでまくれ上がっている。
「貴明、スカート」
「ん? 脱がして欲しいの?」
「違う……っ。元に戻して……きゃ!」
乳房を嬲っていた手が内腿に入って、ショーツの横から指が局部に触れた。濡れ始めていたそこに指が絡みついて、いやらしく撫でられ、恵美は貴明の下でもがいた。
「やっ……触んないでっ。ん……んっ」
「ふふ、気持ちよさそー」
ぬるぬると貴明の指先が、だれも受け入れた事のない秘唇に押し入っていく。痛みに恵美は身体を硬直させ、気づいた貴明が蜜を塗り広げるように立ち上がった芽にまぶし始めた。
「そこばっかり……もう……やっ」
「だって解さないと痛いよ?」
貴明の指がくるくると回り、立ち上がった芽を押しつぶしながら刺激する。
「は……あっ」
そして徐々に秘唇の中へ指が押し入ってくる。もうあまり痛くはないが、代わりにむず痒いような、甘いような、気持ちいような感覚がそこからびりびりと流れ始めた。気づけば恵美は貴明の腕を止めるように掴んでいた。このままではとんでもない姿を見せてしまいそうだ。今でも逃しようのない痺れが手足へ走って行くのだから。
「たか、貴明っ。も、止めようよっ」
「ここはとっても歓んでるのに?」
至近距離で睫毛を伏せている貴明が、荒い息を吐きながら言った。その声はいつもの様な冷たいものでもからかうものでもなく、言いようのない獣じみたにおいを発していた。片方の手が何度も乳房を揉み潰すように動いている。貴明の身体が先程より熱かった。
「だって、ああっ……」
ひくひく蠢きだした秘唇に、貴明の指が根元まで沈められた。同時に肉の芽が強く押しつぶされて、秘唇は指を飲み込んでびくびくと熱をもって波打ち、凄まじい快感に恵美の頭の中は真っ白に塗りつぶされた……。
「恵美、かわいい」
貴明が、達した恵美の上気している頬にキスをした。心地良い気だるさに脱力した恵美はそのまま寝てしまいたいと思ったが、貴明にはこれからが本番だった。固く熱くなっていきりたっているモノを局部に押し付けられると、恵美は蕩けるような甘い快楽から激痛へ変化した局部に怯え、貴明の身体を押しのけようとした。しかし反対に、汗ばんだ男の身体が密着する。狭い胎内にぐいぐいと入ってくるのものは凶器だった。
「いた……痛いよっ」
「ごめん、すぐ終わるから」
直ぐ終わるじゃなくて止めて欲しい。恵美の気持ちなど聞こえない貴明は無情にもぐっと恵美の腰を掴み、自分のモノを恵美の狭い胎内へ押し進めて来た。到底貴明の下から逃れるなんて不可能で、恵美は破瓜の痛みに耐えてわななくしかなく、やっぱり受け入れるんじゃなかったと後悔した。とにかく痛い。この期に及んで圭吾の横顔が脳裏に浮かび上がるのは何故なのだろう。
「いっ……ああ!」
やがて深々と貴明が恵美を貫いた。一つに繋がった男の身体がさらに貪欲に自分を求め始め、ひたすらその暴風に耐えるしかない。恵美の小さな身体は貴明の愛撫に翻弄されていった……。
翌朝、貴明の腕の中で目覚めた恵美は、内股の違和感で顔をしかめた。貴明はちゃんと避妊してくれていたようなので流れ出るものはなかったが、じくじくと痛んで腰も重く、今日はとても大学やバイトに行けそうもない。一方の貴明はとても幸せそうにすやすや眠っている。昨日に比べて顔色はかなりよくなっており、それに恵美はとても安心した。
なんとなく気になって、布団の傍に落ちていた自分の携帯に手を伸ばした。美樹からのメールが一件、正人からのメールが一件、いつものようにあるだけだった。
(……これでいいのかな)
貴明と付き合いを深めていけば、怖いと思っているあの異常な冷たさにも慣れるのだろうか。それとも貴明が自分以外に愛する人を見つけるのだろうか。昨日受け入れたのは複雑な気持ちの絡み具合の結果で、貴明を心底愛してでのものではない。貴明の事は好きだが、やはり友人以上に思えないのだ。それも付き合っていけば愛にかわるのかもしれない。
自分は最低な事をしていると恵美は思った。こんなあやふやな気持ちで身体を重ねるなど、亡くなった両親が生きていたらさぞ怒っただろう。
(でも、昨日はもう貴明を受け入れるしかなかった)
何かを決意した貴明を、止めるなんて恵美にはできやしないのだ。あの茶色の目でじっと見られたら最後、自分の意思と関係なく身体は貴明の思うがままに動いてしまうのだから……。その意味では恵美は貴明を愛しているのだと言える。他の男なら泣いて抵抗して噛み付いたに違いなく、それはおそらく初恋の正人であったとしてもそうしたはずだった。
ぴくりと貴明の睫が動き、ゆっくりと瞬きを繰り返して開いていった。起きている恵美に、にっこり微笑む。
「おはよう」
「……おはよ」
「痛い?」
「当たり前でしょう」
気恥ずかしくて恵美はうつむいた。昨日は途中で気を失ったようで、いつパジャマに着替えたのか記憶にない。貴明が着せてくれたのは間違いなさそうだ……。
「今日は丸一日休みにしたから、好きなようにこき使ってくれて良いよ」
「休みって、スケジュール一杯だったじゃない」
見られたかと貴明は笑った。
「あとでいくらでも調整できるからね。僕は最近頑張りすぎだったみたいだなと、あのあと反省したんだ」
「……そうなの?」
「うん。この調子でやってたら一週間以内に倒れてたよ。恵美のお陰で倒れずに済んだ、ありがとう」
恵美は抱き寄せられてどぎまぎした。二人とも同じシャンプーの匂いがする。それが小さな喜びの一つとなって、恵美の気持ちを明るく浮上させた。彼女はどのような相手でも、相手の優しさに触れるとほっとするのだった。それは彼女の美点でもあり欠点でもある。
抱き寄せる腕に力がこもり、恵美は近づいてくる貴明の顔に目を閉じた。
「恵美、とても好きだよ」
「……うん。私も好きだよ」
キスの後に恵美の肩に顔を埋めた貴明が声もなく笑ったが、それは恵美が今感じたばかりの優しさがかけらもなく、氷の様な冷たさを伴っていた。彼は義父を利用して恵美を手に入れたのだった。その顔を恵美が見ていたなら、公子の言葉を思い出して気を引き締めたに違いない……。
───ちょっと情けを見せてつきあったりしたら、相手は死んでもあんたを離さないよ。