天の園 地の楽園 第2部 第25話
圭吾に愛されてとても幸せなのだが、抱かれていないとまた不安な襲ってくる、そういう毎日の繰り返しで恵美は疲れていた。特に今夜のように圭吾がいない夜は────。
ベッドに入ろうとした恵美は、この寝室に繋がっている向こう側の部屋の鍵が開錠される音を聞いて飛び上がった。さっきまで圭吾と電話していて、圭吾が札幌のホテルに着いたと聞いたばかりだ。メイドなら必ずノックか電話をしてくるはずで、泥棒が何かだと思った恵美は電話の受話器を手に取った。しかし何故か繋がらなくなっている。
「なに……これ」
カーペットを踏む足音と共に間接照明に浮かび出たのは、先日いきなり逃げようと言ってきた、貴明という圭吾の義理の息子だった。
「こんばんは」
「こんばんは……あの」
「うん?」
恵美はなんだか嫌な予感がして、今度はスマートフォンからメイドに電話をしようとしたが、さっと寄って来た貴明にその手を押さえられた。
「お話ししたいと思ってきただけだよ。誰も呼ばないで、ね?」
「…………」
貴明は圭吾がいつも座るソファに座り、恵美を隣に座らせ、馴れ馴れしく肩を抱いてくる。
「あの、離れてもらえます?」
「なんで?」
なんでって決まってるじゃないと思わず貴明を見て、恵美は息をのんだ。
隣に座っているのは光り輝くような美しさの男。澄んだ茶色の妖艶なまなざし……。『魔』を感じて恵美はぞっとした。こんな妖しい美しさは気味が悪い。
「怯える必要はない。僕が本当の恋人なんだから」
「……何言ってるの?」
この男は、やっぱり頭がおかしいに違いない。圭吾はこの間、貴明は病気療養をしていたと言っていた。精神を病んでいるのだろうか。
「恵美はみんな忘れてるんだったっけ? しかも記憶障害入っちゃって可哀想にね。僕が御曹司だからって困ってたけど、幼馴染の正人も忘れちゃうくらいだから今度はこっちが困るよ」
ドキンと胸が嫌なステップを踏んだ。恵美は「御曹司」「正人」についてずっと考えを巡らせていた、それをこの貴明は知っていそうだ。
「貴方が御曹司なの?」
「そう恵美は言ってたよ……」
貴明は立ち上がり、勝手に備え付けのキッチンに入っていく。
「ちょっと貴方勝手に!」
恵美はあつかましいとあきれると同時に怒りが沸いてきた。なんなのだろうこの男は。
「待っててよ。恵美の好きなジュース入れてあげる」
グラスを取る音と、冷蔵庫を開ける音がする。
「ジュースって……」
貴明は、恵美の好きなカルピスウォーターをグラスに入れて直ぐに戻ってきた。
「はいこれ、恵美は相変わらず好きなんだね」
恵美にそのグラスを渡し、自分はグラスのウィスキーを飲みながらまた恵美の隣に座った。
「貴方いくつよ?」
「恵美と同じだよ。ただ僕は早生まれでね……つい最近十九になったばかり。あ、恵美と同じか」
「お酒は二十歳からよ!」
「記憶なくなっても言ってることおんなじだ。相変わらずまじめなんだね。そのくせセックスはやりたい放題なんておかしい」
恵美は、飲んでいたカルピスウォーターを噴き出した。
「あ、貴方……」
「あーあ、びしょびしょにして」
零れたカルピスウォーターを、貴明がテーブルの上に置いてあったふきんで拭く。恵美は言われた事がショックでそれを呆然と見ていた。
「手も濡れてるよ」
「え?」
「ほらここ、べたべたして……甘いね」
貴明がそう言いながら恵美の手を舐めた始めたので、恵美はぎょっとして手をひこうとしたが貴明が強く掴んでいてできなかった。そのまま腕に這い登ってくる貴明の柔らかな唇が気味が悪く、恵美は思い切り貴明を突き飛ばして叫んだ。
「何するのよ! 気持ち悪いっ」
睨む恵美に、貴明が唇をぺろりと舐めた。
「前は気持ち良いってあえいでいたくせに」
「貴方頭がおかしい! 狂ってるわ! 私には圭吾だけよ」
馬鹿にしたように貴明が鼻で笑った。
「それってものすごく笑える。あの女好きのどこがいいんだかね。お前、一体自分が何人目の女かわかってるの? ははは」
「圭吾が愛してるのは私だけよ」
「何言ってるの……はっはは!」
恵美が怒れば怒るほど貴明は笑った。しまいにはおかしくてたまらないらしく腹を抱えて笑っている。恵美はこんな気がふれている男と部屋にいるのは嫌だった。自分一人では追い出せそうもないので、さっと立ち上がりスマートフォンを取ろうとした。しかし、唐突に笑い終えた貴明に背後から抱きつかれて、動けなくなった。
「ひ……っ!」
「恵美……」
圭吾以外に抱きつかれた記憶がない今の恵美には、それはかなりの恐怖だった。しかも今の恵美の中では、この貴明は気がふれているのだ……。
「離しなさい!」
「何回も僕と寝たじゃない。忘れたの?」
貴明がそう言いながらカルピスウォーターを口に含み、恵美に無理矢理口移しで飲ませる。何回も飲まされた頃、身体が熱くなってきた。何かおかしい……。力が抜けて立っていられなくなった恵美は貴明に抱き上げられた。
「何……飲ませたのよ」
「エッチな気分になる薬」
「嫌」
ベッドにおろされて恵美は身をよじらせた。
「暴れられると困るんでね」
恵美は夜着の紐で両手首を縛られた。そしてそのまま圧し掛かってきた貴明に全裸にされてしまい、恵美は懸命に抗ったが敵うはずもなった。
「や……」
「久しぶりだね、恵美の身体相変わらず好い匂いがする」
自分の身体を這い回る貴明の手に恐ろしさしか感じないはずなのに、変な薬のせいで貴明の唇や手が触れたところが甘くしびれ、恵美はそれらを必死で押さえた。
「我慢しないで。淫らな恵美を見たい」
顔を両手で押さえつけられながら口付けされ、苦しいのになかなか終わらないキスに、身体だけは歓んでますます熱くなっていく。やっとキスから解放されたと思えば、貴明の唇はそのまま首筋を滑り鎖骨へ降りてきた。手は恵美の胸をさっきから押し上げるように揉みあげている。
「あ…んん…は……」
恵美は顔を赤くして必死で声を抑えようと頑張っていたが、媚薬のせいで普段以上に感じてしまい、もうどうにもならなくなってきた。
「ふふ……好い声でないて?」
貴明が妖艶に微笑んだ。もうすでに彼のモノは固く熱く立ち上がっている。身体はびくんびくんと震えて、貴明の愛撫に過剰なほど応えた。応えたくはないのだが薬が身体中を疼かせるのだ。秘唇は蜜で潤みきっていて、貴明の指をやすやすと飲み込み、指を入れられた恵美はその指から逃れようと腰を浮かせた。
「いやあ!」
「ああ熱いね……。淫らにうごめいて僕を誘ってくる」
貴明が指を入れたりだしたりしながら、唇を胸の先端に寄せて舐めだした。敏感な部分の柔らかな刺激に恵美は身をよじらせた。
「あ、ああ!」
胸は貴明の唾液でびしょびしょになった。いやらしい音を立てながら刺激を続ける貴明に恵美はなす術もない。身体が熱くうずいてたまらない。
「恵美……変わらないね」
この人は、本当に私の事を知っているのだろうか。私の知らない私を知っているのかと、恵美は愉悦でかすんだ視界に貴明の金髪を映した。そう言えばなんとなく知っているような気もする。でもこんな関係だったとは思いたくない。
「やっぱり変わったかな。こんなに濡れやすい身体じゃなかった」
「ああ!」
肉の芽を蜜でぬらついた指でこすられ、恵美は甘い声をあげた。
(駄目! なんとかして逃げないとっ))
恵美は媚薬が効いている身体に抗って隙あらば逃げ出そうと何度も試みたが、貴明の力の前では無力だった。
「あ……、あ!」
ねっとりと貴明の舌が肩を舐めながら移動して、首筋から頬、最後には耳の中を熱く塞いだ。そして甘い声で囁く。
「逆らわないで、気持ちいいだろ?」
「うそ……。う」
再び唇を塞がれた。