囚われの神子 第02話

 青光の塔(せいこうのとう)と呼ばれる、囚人が処刑を待つ間放り込まれる塔の一番上に閉じ込められた。

 そこは、かび臭いごつごつとした石造りの部屋だった。一つしかない窓には鉄格子がはまっている。

 部屋にあるのは、石の床の高さがあっていないから座るとガタガタと揺れる椅子と、端がカビている古い木のテーブル、そしてしみだらけの寝台。これだけなら古くて汚いのを我慢するだけで済むのだけれど、壁に拷問道具がずらりと並べられていて、夜の暗闇ではそれが一層迫力を帯びていた。使い込まれて黒光りしているそれらから囚人達の怨嗟の声が聞こえてきそうで、それを極力見ないように反対側に燃えている蝋燭ばかりをばかりを見ていた。

 どうしてこんなことになったんだろう。

 そもそもの始まりは、元の世界で幼い頃から見てきた悪夢だ。

 見だした当初は悪夢ではなく、西洋風の大きなお城の中をただ一人で歩いているだけだった。城は豪華で美しく、素敵なドレスを着放題、珍しい宝石や調度品は触りたい放題、美味しい料理も食べ放題で、まるでシンデレラの世界みたいだと幼い私は喜んでいた。親を亡くし、施設で質素な生活を余儀なくされていた私にとってその夢はとても楽しいもので、何度も同じ夢を見るのをおかしいとは全く思わなかった。

 現実で私が成長するにしたがって夢の中の明るい太陽は陰っていった。そして夕方になった頃、真っ黒な西洋の鎧に緋色のマントを羽織ったやけに美しい男が現れた。でも、男は遠くに佇んでいるだけで近づいて来なかったので、私はそのうち他の人間が現れるのだろうなと思い、男を気にも留めなかった。だけどその後何年経っても夢の中に居るのはその男と私だけで他の人影は現れなかった。だんだん夢を見るのが憂鬱に思い始めたある日、その男が明らかに自分の後をつけているのだと気づいた。

 おそるおそる男に振り返ると男は優しげに微笑んだ。とてもやさしそうなのに頭の中ではけたたましく警鐘が鳴り響いた。この男は危険だ、必ず自分に不幸をもたらすに違いないと……。

 恐ろしさで胸が一杯になり、早足で男から離れようと歩いた。しかし男はそのまま一定の距離を保ってついてくる。早足から駆け足へ、駆け足から全力疾走になり、私は追いかけてくる男から逃れようと夢の中で必死に走るようになった。夢の中ではいつのまにか深夜になっており、灯りは窓の外の月明かりだけになっていた。走っても走っても男からは逃れられず外へ出る通路にたどり着けない。石の床は私と男の足音だけを木霊のように響かせ、なおさら恐ろしさが募り泣きながら走った。

 それなのに距離は縮まっていく。私が息を乱しているのに男は涼しい顔だ。それが一層恐ろしさに拍車をかけた。男はまるで私が逃げるのを楽しんで追いかけているかのようだった。

 幼い頃心待ちにするほどだった楽しい夢は、私が成人する頃には悪夢そのものに変化していた。

 病院を受診しようと何度も思ったけど、ただの夢だからと言われるのが恐ろしくて躊躇われ、ただただ夢を見ないように寝る前に祈った。身体は健康そのもので社会生活に支障はなかった。正樹という優しい恋人もできた。婚約もした。それだけが唯一の救いだった……。

 

 ガチャガチャと鍵を開ける音がして、鉄さびでボロボロになっている扉を振り返ると、あの悪夢の男が部屋に入ってきて扉を閉める所だった。

「こんばんは、影の神子。このようなところに押し込めて申し訳ありません」

 私は男を見つめたまま、椅子から立ち上がり壁づたいに後ずさった。不気味に微笑んでいるとしか言いようが無い男の顔が嫌に美しいだけに、危機感だけが動悸を激しくさせていく。手先が震えてさっきから止まらない。あの悪夢の続きなのだ。でもこれは夢ではなくて現実で、それも逃げ場がないという最悪の状況だった。

「そんなに怯えなくてもいい。私は貴女の味方なのだから」

「…………」

 信じられない。じゃあ、この男から感じる禍々しいものは何? あの美しい男性と老人からも感じなかった、独特の重苦しい引きずりこまれるようなこの感覚はなんなの。

「私の名前は、アレックス・ハインツ・フォン・グロスター。このマリク王国の国王グレゴールの弟で、身分は公爵。軍隊に属していて三人いる将軍の一人です」

「…………」

「影の神子、今夜は貴女がこれからどうなるかをお伝えに来ました」

 私は震えながらも疑問に思わずにはいられなかった。何故この男だけ言葉がわかるのだろう。他の人の話している言葉はまったくわからないのに! 

「何か話してください。言葉は通じているでしょう?」

 言葉遣いは丁寧なのに、あの禍々しさが強くなった気がする。殺気のようなものが混じったのかもしれない。

 怖い。

 公爵の黒の軍服が怖いのか、それとも濡れて輝く黒の瞳が怖いのか。それとも軍人という職務上に殺した敵兵の怨念が漂うように思えて怖いのか……。

 違う。違う。公爵の存在そのものが怖い。理由とか無くて、ただただ怖い。

 公爵は私が口を開くのを脅迫の空気を滲ませて待っている。何かを言わなければとてつもない何かをされそうで、私は乾ききった口を何とか動かした。

「……帰して」

「無理です」

 ようやく口にした言葉に、公爵は微笑みながら拒絶する。

「召喚された神子は二度と元の世界に戻れません。それに貴女は元の世界に戻ったところで家族は居ないはずだ」

 なんで私のプライベートを知っているの! 

「私はね、ずっと幼い頃から貴女を夢に見続けていたのです。異界の服を着たかわいい少女。それなのに貴女は私を見ると怯えて逃げてしまう。失望の後に必ず貴方の異世界での暮らしぶりが見えた。家族が居ない貴女は施設というところで暮らしていた」

「……」

「貴女の名前は、ラン・モモセ。年は確か……二十五歳でしたね。恋人が一人居たでしょう?」

 ……気持ちが悪い。

「ど……して」

「どうしてとは。帰れないことでしょうか? 私が貴女の夢を見ていたことでしょうか?」

「……帰れないのなら、ここから出して」

 掠れた情け無い声しか出なかった。それでも私は公爵が放つ得体の知れない禍々しい空気に負けまいと必死だった。

 そんな私に、公爵は慈悲すら滲ませて残酷な言葉を吐いた。

「明日にでも出れますよ。奥深い地下の首切りの場へ」

「!」

「影の神子は光の神子と同時に召喚されますが、皆翌日に処刑されてしまうのです。その流した血で穢れを払い、国は繁栄するのだと。実際は物質的な恵みをもたらす者なのですが、その恵みを独占したい為政者によって影の神子は国に災いをもたらす者と伝承されているようです」

 めちゃくちゃだ。勝手に召喚して勝手に殺すなんてっ。私はようやくここの人間達のひどい態度の理由が分かった。災いをもたらす人間。すぐに処刑されてしまう人間に優しくする必要などないだろう。

「ひどい……」

 まだ死にたくない。恋人と……正樹にようやくプロポーズされたところだったのに。幸せになれそうだったのに。仕事も順調だったのにっ。

 涙が頬を伝わって、ごつごつした床の上に音を立てながら落ちた。それは石が落ちたような音で不思議に思って見下ろすと、涙は無く黒真珠が数粒転がっている。

 公爵は、泣いている私にまた微笑む。この男は一体何が楽しいの。なんでさっきからずっと笑っているの。人の不幸がそんなに楽しいわけ?

「ひどいと思うでしょう? でもご安心なさい、先程も言ったように私は貴女の味方だ。ここから貴女を連れ出してさしあげられるし、そして幸せに暮らせるように用意した部屋もあります」

「……帰れないの?」

「帰る方法はありません。あきらめなさい。それよりも幸せを望みなさい」

 正樹に二度と逢えないのに、どうやって幸せになるというの。

 正樹で頭を一杯にしていたせいで、公爵が動きに気づかなかった。周りがひっくり返ったかと思ったら、あのシミだらけの寝台に押し倒されていた。何が起こったのかわからないでいる私に公爵は言った。

「私のものになりなさい。そうしたら貴女は殺されない」

 公爵の黒い目が、気味が悪いほどに熱情を帯びている。正樹もよくこんな目をして……。

「や……だ」

「貴女に拒否権はないのです。それとも明日、首を斧で切り落とされますか?」

「…………」

 どっちも嫌。肩を押さえつけている公爵の手を両手でどけようとして、反対に片方の手で頭上に押さえつけられてしまった。その時、何か黒いものが見えてなんだろうと思って見た瞬間、本当に異世界にいて殺されそうなんだと恐怖で身体を凍りつかせた。

 公爵のはだけた襟や、裾から伸びた手首に、黒いうろこのようなものがある……。こんなもの、人間にあるわけない……この男は一体何!?

 私の視線に気づいた公爵は唇を歪めて笑い、上着とシャツを片手で脱いで上半身を露にした。

「ひっ……化け物っ」

 首から上と手首を除いて、公爵の身体はびっしりと黒いうろこで覆われていた。うろこはろうそくのか細い光を受けて虹色に反射した。

「化け物……ね。まあそうとられても仕方ありません。でも下等な生物と一緒にしないでくださいね。私の本性は竜です。母が竜族の女だったのでね……。普段は人間と変わらないというのに、気が高ぶるとこのようになってしまう……。仕方ない、欲しいと思い続けてきた女が目の前に居るのだから」

「わ、私よりもっと……ああ!」

 乱暴に左胸を掴まれて痛みが走る。この部屋に入って来た時に、待ち受けていた女官に着替えさせられた服はとても薄くて直接乱暴されているようだ。私が着ていたスーツと、持っていたトートバッグはどこに持っていかれたのだろう。

「ああ、やはり、いい声で鳴く……。私の神子……ラン」

 うっとりと呟いた公爵の鋭い爪先が、そのまま服を破っていく。

「いやあっ……。痛いっ……もうっ嫌!」

「大丈夫。このまま気持ちよくなるのですから」

 美麗な顔が降りてきて、痛みで固く尖った胸の先に吸い付かれた。誰とも身体を重ねた経験がない私にはそれが恐ろしくて仕方が無い。しんと静まり返った石の部屋に、胸に吸い付く濡れた唇の音だけが響く……。

「やだっ……だめ……や……や!」

 吸われていない方の胸はやさしく押し上げるように揉まれている。怖い。気持ち悪い。やめて。正樹にもまだ許してないのに……なんで。両手が自由になったから必死に圧し掛かる公爵の肩を押したけれど、何の抵抗にもならない。

 公爵の黒髪が流れ素肌に流れていく。その時気づいた。悪夢の中で公爵の髪は肩の少し下辺りの長さだったのに、今は足まで覆うほど伸びている。

「いっ……ああああっ」

 必死に閉じていた両足が、公爵の片膝で力づくに押し開けられた。着ていたワンピースは引き裂かれてしまっていたから、全く無防備な局部に膝を押し込まれ、痛みと怖さで涙が頬を伝わってシーツに落ちた。

「ほう、本当に黒真珠だ」

 黒真珠? 顔をシーツに倒すと三粒ほど黒真珠が鈍い光を放っていた。そう言えばさっきも……。

「ん……あァっ!」

「さあもっと泣いてご覧なさい」

 愛撫が激しさを増し、言われなくても涙が吹き出す。それらは全て黒真珠になっていく。何よこれどうなっているの?

「ははは。この国では黒真珠は何の価値もありませんが、他の国では貴重品だそうですよ。何しろ影の神子しか生み出せない幻の宝石ですから……」

 影の神子なんてなった覚えは無いのに。必死でもがいてまた公爵を押しのけようとした。そんな私を全く無視して、公爵は恍惚とした表情を浮かべて私の胸に顔を押し付け呟いた。

「……これから、貴女がいかによがり狂うかと思うかと楽しみでなりませんよ。……くく」

 立ち上がりきった胸の先を指先で摘まれて、引っ張られた。

「もういやあっ……、離してえっ。誰か助けて。やああっ」

 卑猥に形を変えていく胸が恥ずかしい。唾液でぬるぬるするのが屈辱だった。

「誰も来ないというのに。このように私に愛されるだけで幸せなんですよ」

「全然幸せじゃないっ。やめて……っ!」

 公爵の唇がそのまま首筋を這い、くすぐったくて身体が勝手にびくつく。それを面白く思ったのか、公爵は胸を何度も何度も揉みながら首筋を執拗に熱い舌で舐め始めた。

「あ……ふ……ああ……っ……ん、ん……あああ……」

 むず痒いものが、恥ずかしいところから湧き上がってきた。閉じ合わせたくてもそこには公爵の片膝があって……。

「ああっ!」

 見計らったように熱に公爵が膝をさらに押し付けた。感じたことがない痺れがぬめりと一緒にじわりと広がり、身体がびくびくと震える。両手はもう、公爵の肩を押さえつけていない……、シミだらけのシーツを掴んでる……。

「熱くなっていますね。これを感じているとか、気持ちいいと言うのです。貴女はもともと感じやすい、淫らな身体をお持ちなようだ」

 公爵は、また胸の先を強く吸った。

「やめえっ……あああ!」

 強く吸い付かれ、その気持ちよさにさっきより身体が細かく震えた。またぐいぐいと恥ずかしいところを膝で押される。一部分が快感の芯のように気持ち良い。そして、生理でもないのに濡れていくのが気持ちが悪い……。公爵は一向に攻める手を弱めず、私をはしたなく乱れさせようと愛撫を深めていく。

 首元から胸までは公爵の唾液で濡れ、恥ずかしいところは自分が出した蜜でぐちゃぐちゃになっていた。

「はあっ……は……だめ、だめ、……おねが……は……いいっ」

 ズブ……。

 熱くなった恥ずかしい所に、ついに公爵の指が入ってきた。痛みは無く、そこは柔らかく公爵の指を包み込む。

「あああっ……はああ……ん……」

「気持ち良いんですね。うれしいです……私に感じてもらえるとは。ふふ……」

 摘まれて撫でられ、ますますそこは濡れそぼっていく。公爵の何本もの指でぬるぬるの蜜を塗り広げられてまた芯を刺激されると、指を追い求めるように腰が動いた。

「ふふふ……貴女は処女を捧げる相手にのみ淫らに反応する。ねえ? わかりますか? 貴女は一生この私のもの。どれだけ嫌がっても身体は私以外に反応しなくなるんですよ。くっくっく……。夢を通じて、貴女の恋人に抱かないように操作した甲斐があったというもの」

 ピチャッ……ヌチャ……ニチャ。

 卑猥な公爵の指の動きに、身体は嫌なくらい反応する。怖いのに。犯されているのに。どうして。指にまとわりつく蜜は泡立ち、びちょびちょのそこは激しい愛撫に応えてさらに蜜を溢れさせる。

 何かが迫ってくる。それがこの男より怖い。おかしくなってしまう。この男から何とか逃れなければとまたもがいたけれど、やはり押さえつけられた身体は動かない。公爵の唇がさっきから乳房を舐め回しては、硬くなった先を歯で甘噛みして私を狂わせる……。

 熱い塊がまた大きくなった。もうだめ、流されてしまう。嫌なのに。また黒真珠が転がった。でももっと欲しい……、私はもう狂いかけているのかもしれない。

「ああッああッ……や……や」

「嫌という割には……ふふ。可愛い人だ、思った以上に乱れてくれそうだ……」

 さっきされたものよりも激しいキスが降ってきた。嫌だと思っても身体は私を裏切ってそのキスに応える。そして公爵の指が、秘められた花の奥深いところまで蜜と共にねじ込まれ、穿たれた。

「ううう……んーッ……」

 同時に撫で回され続けていた芯を親指で押しつぶされ、かっと熱くなると同時に私は成すすべも無く公爵の愛撫に堕ちていった……。

 何度も達せられた後、両手足を縛られた上に黒い布をすっぽり身体全体に被せられて、公爵に横抱きにされた。公爵は優しく言った

「私が良いと言うまで決して話してはいけませんよ。死にたくなかったら黙っていることです」

「…………」

 どこへ連れて行かれるのかは分からなかったけれど、死ぬよりはましだと思い直した。

 ……だけど未来を予言できたなら、絶対にここで死ぬ方を選んだだろう。でもこの時は公爵に何度も身体をイかされて正常な判断がつかなくなっていた。

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