雪のように舞う桜の中で番外編 美徳さんの妻問い その2

雪のように舞う桜の中で


 いよいよ妻問いが行われる日が来た。
 今日は、村の若い者が総出で川掃除をする事になっていた。この間の屋敷の掃除のように、あきらかにお見合いの様なもので、昼の間に男はそれとなく女に同意を得たり、気持ちをほめのかしたりする。当然ながら誰も百合には声を掛けてこなくて、諦めの境地に達している百合は、もはや失望もしなかった。
 川掃除はそう難しい作業ではない。女達は川べりの草を取り、男達は川に入って生い茂ってしまった藻などを刈り取って、地面の上へ放り投げて乾燥させ、後日燃やすだけだった。
「今日は絶対に来るつもりだったのよ」
 彩子がうれしそうに言いながら、手早く刈り取った草を箕に積み上げていく。隣に居た女が同意したので、百合が不思議そうにしていると彩子がくすくす笑った。
「もうすぐ美徳様がこちらへいらっしゃるの。妻問いの為に、少しでもお近くに行きたいじゃない」
「先日お話したのではないの?」
「まさか、私達だけお菓子をいただいただけよ。今日はお近くに行けるらしいわ」
 それを聞いて、百合は来なければ良かったと後悔し、笠をさらに深く被って顔を隠した。己の醜い容貌で高貴な人々の気分を害したくはない。
 彩子達はそんな百合の気持ちも知らずに、まだ未婚の若い男達についてまたあれこれ話し始めた。今年は未婚の男が少ないようで、男達にとってはよりどりみどりな妻問いになるそうだ。若い男達も同じような話題で盛り上がっているらしく、川で藻を取りながら、ちらちらとこちらを見ていた。
 お昼近くになり、ほとんど作業が終わった頃、彩子が最後の草を草の山に放り投げた。
「もうお昼にしましょう。ねえ百合、冷やしてある瓜を持ってきてくれる?」
「ええ、いいわよ」
 もう秋に入るというのに昼間の太陽はまだ暑い。腰につけていた手ぬぐいで首筋を拭いながら、百合は瓜が冷やしてあるが上流まで坂道を登った。
 すると向こう側から若い男達が二人歩いてきたので、百合が道の端に移動して笠を深く被ると、通り過ぎさまに男の一人が言った。
「……隠すような顔かよ」
 もう一人が噴出したように笑い、二人はげらげら笑いながら下っていった。
 百合は顔を真っ赤に染めて、恥ずかしくてたまらなかった。
 確かに隠すようなものでもない。だが見せるようなものでもない。じゃあ一体どうしたらいいのだろう。

 百合は瓜を持って来た道を戻りながら、このままこの道が永遠に続けば良いのにと思う。
 だが、もう皆川べりに休んでいて、ご飯を食べながら瓜をいまかいまかと待っている。仕方なしに彩子達のいるほうへ向かった。……そして足をまた止める羽目になった。
「最近彩子ってば、百合に優しいんじゃない?」
 女達は手持ちの果物を皿に盛りながら、にぎやかにくっちゃべっている。
 彩子はふふふと花の様に笑った。
「優しくしたほうがいいじゃない」
「そんなにあんたって優しかったっけ?」
「失礼ね。それにこうやって振舞っているほうが、良い殿方捕まえられるじゃない」
「なるほどねえ……あの人は引き立て役って事?」
「思ったまま言うのね」
 言いながらも彩子はずっと微笑んでいる。
 作業している女の一人が、きょろきょろと辺りを見回しながら声をひそめた。
「いくらあの籠が重いからって、もう直ぐ帰ってくるわよ。聞かれでもしたらどうするの?」
「構いやしないわよ、あの人に何ができるっての。私達とは身分が違うのよ」
 ずきりと胸に痛みが走ったが、まったくその通りだった。親も土地もない百合は、奴婢の様な存在だ。他の土地にも流れ者は沢山いる。ただ、この郷には百合一人だった。
 ようやく話題が変わったので、百合は今戻ったかのように彩子達に瓜の入った籠を手渡した。
 彩子達は何もなかったように接してきたし、百合も何も聞かなかったように振舞ったが、胸の奥は痛くなる一方だった。
 果物を食べて水を飲みながら、男達も彩子達も楽しそうに笑っていたが、百合は笑顔を貼り付けたまま何も食べる気にはなれなかった。もう作業は終わりなので早く家に帰りたい。
 彩子が下流の方を見てはしゃいだ。
「あ、美徳様ご一行がいらしたわ」
 そちらをちらりと見た百合は、つくづく彼らは別世界の人間だと嘆息した。
 立派な鹿毛の馬を御しているのが、彩子達が騒いでいる美徳だろう。桔梗の襲がいかにも若者といった爽やかさで、顔つきも鼻筋が通っていて美しい。
(皆が騒ぐわけだわ……)
 本当に消え去りたい気分だ。
 こんな美しい娘の隣に居るなんて、さぞ自分がみっともなく映るに違いない。
 ため息を飲み込むように百合は碗から水を静かに飲み、何故か、それを見ていた彩子が不思議そうに目をぱちくりとさせた。
「百合って本当はどういう家の人だったの? 所作がおかしいというかなんというか……」
「ごめんなさい、まだ慣れないの」
「そうじゃなくって、なんと言ったら良いのか」
 
 彩子は別に意地悪な女ではなくて、天真爛漫な気まま女というだけだろう。周りの女達も百合をじっと見つめたため、百合は仕方なく言った。
「……都に近い家だっただけ。お隣が遠い昔上臈だったお年寄りだったの、それがうつったんじゃないかしら」
 話している間にも、一行がこちらに近づいてくる。
 百合は、みなの注目がそちらに移動したのを幸いに、もう作業は終わりだから帰ると別れを告げ、煮炊きに使う木切れを拾うために、人が居ない上流へ向かった。

 下の方からは皆がはしゃいでいる声がする。木津の一家は皆に好かれていて、会話も弾むのだろう。百合には、とてもあんな美しい人達と一緒に笑う度胸はない。
「はー……」
 百合は草履を脱いで川の水に足を浸した。暑さがすっと抜けていく。鮎が足をちょんちょんとつつくので、くすぐったくて笑った。
 そうだ、これを焼いたら美味しいだろう。そう考えて、百合はぽちゃぽちゃとしている手を川に差し入れ、鮎に向かってこっちにおいでと声をかけた。すると数匹の鮎が泳いできて、百合の手のひらをつつきあった。
「……でも可哀想かな」
 しかし、鮎達は百合の掌をつつき続けた。百合はごめんねと謝りながら、手ぬぐいを川べりに広げて、鮎を数匹掴み取って手ぬぐいに収めて腰に結んだ。下の方ではもう解散になったようで、人がばらばらと郷へ降り出している。一行の姿もなかった。
「私も帰ろうかな」
 このままにしておいては鮎が腐ってしまうだろう。百合は立ち上がりながら振り向いて、そして仰天した。
 いつの間に居たのか、そこに美々しい美徳が立っていた。香の匂いがふんわりと漂ってきて、鼻梁を掠めていくので、夢ではなさそうだ。
 美徳は優し気に微笑んだ。
「みかけない魚の採り方ですね」
「は……い」
 うるさいほど鼓動が騒ぎ、鎮めようと思ってもひどくなっておさまってくれない。笠をさらに深く被って百合は顔を赤らめながら俯いた。
 美徳はそのまま近づいてくる。高貴な身分の殿方のそばにいるなど、とんでもないと百合は慌てて、後ろのほうへ……川のほうへ下がった。
「危ないっ」
 伸ばされた美徳の手を振り払って、百合は、川に盛大な水音を立てながらわざと逃げるために落ちた。
 川の水は少し冷たいくらいで気持ちいい。そのまま上流へ泳いだ。
 美徳が叫んでいる声が聞こえるが、あんな美々しい殿方といるなんて、拷問に等しいから戻りたくもない。
 普通の人間は川の流れに逆らって泳ぐなど不可能だが、百合は自然のあらゆるものと、動物達と対話できる能力があるので、川にお願いしたら川が上流へ運んでくれるのだ。
 川が人に見られたら可笑しく思われるよといってからかってきても、可笑しい娘で結構だと百合は言い返した。この場を抜けられるのならかまいやしない。
 それにそろそろ、この浅井の郷に見切りをつけて、他へ行く時期なのかもしれない。
 すると、川が行けたら良いねと、また笑った。
 もう大丈夫だろう。やれやれと思いながら川べりの草を掴み、百合はよいしょっと身体を引き上げた。濡れた衣が貼りついて、太った身体の線が浮き上がって、みっともない姿この上ない。
 はああ……と重いため息をつき、百合は、ちょうどあった大きな石に腰掛けた。大きな石は太陽の光に当たり続けているので、とても熱くて冷えた身体に心地いい。
 ちょうどいい、これに衣を掛けて置けば直ぐ乾くだろう。
 一応用心のため、周りをきょろきょろと見回した。
 まさか、自分を襲う男はいるとは思えないが、自分の家の前の川の、人通りのない場所で夕方になっているのならともかく、こんな昼間に野外で素っ裸になるのにはかなりの抵抗がある。

 どうしようかと躊躇っていると、
「いけません。そのままでは風邪を引きます」
 と、突然馬と美徳が現れた。なんと追いかけてきたらしい。
 一体この殿方は何をしたいのだろうと戸惑う百合に、美徳は自分の桔梗の水干を脱いで、びしょ濡れの手に押し付けた。
「乾かす間、これを着ていなさい」
「え? でもこれ……」
 絹で織られた上等な衣を手に戸惑っていると、美徳は百合の両手にさらに強く押し付けた。
「火を起こします。見ませんからはやく脱ぎなさい」
「あ、はい」
 恥ずかしくてたまらないが、百合は素早く濡れた衣を脱ぎ捨て、美徳の水干を羽織った。袖の部分が落ちそうになるのを、腕を身体に巻きつけて防いだ。絹の柔らかな肌触りはひどくやさしいもので、百合の心をほんのりと温かくさせてくれた。
 濡れた衣を絞って美徳の元へ戻ると、もう火が起こされていた。
 美徳は百合の手から濡れた衣を奪い取り、火の近くにあるさっきの石の上に大きく広げた。
「驚かせるつもりはなかったのですが、すみませんでした」
 美徳がに謝罪されて百合は焦った。
 勝手に自分は川に落ちたのであり、美徳が悪いわけではない。どう返したらいいのかわからないまま、百合は黙って火に当たっていた。
 ぱちぱちと音を立てて燃えている火に当たっていると、水に濡れた身体はだんだんと温まってきた。しかし、着ている水干はとてもいい香りがするし、そばには美しい殿方がいるしで気持ちが落ち着かない。
 第一美徳は、自分などと時間を潰している暇などないはずだ。
「あの……、この衣は必ずお返ししますので、どうぞお戻りください」
「……せっかく綺麗にしてきても、その態度ですか?」
「は?」
「この間はむさくるしい姿だったので、嫌われたのかと思っていました」
「えっと……」
「お昼のご飯をくださったでしょう?」
 そこで初めて百合は、美徳がこの前のあの恐ろしく汚く臭かった男と同一人物だと気づき、目をまん丸にしてのけぞった。
 誰がこの美しい殿方から、あの汚らしい男を想像できるだろう。
「よ、美徳様で、ございました、か」
「貴女は百合でしょう? 知っていますよ」
 あんな粗末すぎる弁当を高貴な人間にあげてしまい、名前も知られているなんて、百合は泣きたい気分だ。
 塩に至っては、砂混じりの岩塩だったのだ……。
 耳まで赤くしている百合を見て、美徳はくすくすと可笑しそうに笑った。
「歩くと(修行に入る事)、髭も剃りませんし行水もしないから、ああなってしまうんです。だから女性は皆逃げてしまうんですよ」
 誰だってこの間のような山男が現われたら、仰天して逃げて当たり前だ。
 心の中で百合がそう思っていると、いつもつきまとってくる烏が、ばさばさと岩の上に降りてきた。
『でも百合は逃げなかったじゃないか』
『馬鹿、こんなとこまで来ないでよ。余計なこと言わないで』
『我らに話すようにこの人と話せばいいんだよ。この人、百合に興味あるんだから』
『持たれたら困るの!』
『ちぇっ! どきどきしてるくせに』
 烏は憎まれ口を叩いて、また飛んでいってしまった。それはほんの一瞬の出来事だったのだが、美徳がうれしそうに笑った。
「百合は動物とお話ができるのですか?」
「や、いえ、そんな気がするだけで……」
「ふふ、楽しそうでしたね」
 綺麗な男が微笑むと、あたり一面がきらきら輝くような気がする。
 百合は気恥ずかしくて、燃えている火ばかりを見ていていた。こうしていても、美徳の視線を嫌というほど感じる。そんなに珍しい顔をしているのだろうか。
 百合も幼い時は、年頃になれば美しくなって、物語に出てくるような殿方と一緒になれるのだと、無邪気に信じていた。なのに現実は、誰にも相手にされない醜女だ。普段はそんなに容貌についてとやかく思わないのに、やたらと憂鬱に思ってしまうのは、今日が妻問いの日だからに違いない。
 かわせみが一羽飛んできて、百合の肩に止まった。目の前にも番のかわせみなのか、降り立って、ピイピイと百合に話しかける。
『さっき烏がひねくれてましたよ』
『勝手に盛り上がるからよ』
『美徳様が可哀想だよ、話してやりなよ』
『…………』
 可哀想の意味が分からない。すると今度は草むらの中から狢が現われて、くりくりとした黒い目を向けた。
『この人、ぜったいに百合が好きなんだよ』
『お願いだから、変な期待持たせないで』
 鳥も狢も、迷惑に思っている百合の気持ちとは関係なしに、気まま勝手にそばでくつろいでしまい、美徳はそれをにこにこ微笑んで見ている。
 動物使いのようでさぞ面白いだろう。
 身の程をわきまえなければと、百合は必死に自分に言い聞かせ、美徳に話しかけられても二言三言返すだけだった。

 衣がしっかりと乾いた頃、太陽は大分西に傾いていた。
 そこで困った問題が起きた。
 衣を返して礼を言ったのに、美徳が百合に引っ付いて離れてくれないのである。
 早足で歩いても相手は馬に乗っているから無駄だし、木の実を採るから帰れと言っても、にこにこ笑ってじっと待っている。
 わざと違う道を行って行方をくらまそうとしても、相手は木津の鬼の血を引く男で、式神を使っているのか行く先で待ち伏せしている。
「百合は身軽にどこにでも行けるんですね」
 そう言ってやたらとうれしそうにしているのだ。これはもはや、質の悪い嫌がらせにしか思えなくなってきた。美徳は確か、自分より一つ歳が下なだけで立派な大人なはずだ。
 家の前まで来た時、百合はとうとう我慢が出来なくなった。
 もう身分なんかどうでもいい、いい加減に自分を解放してはくれないだろうかと。
「うちではろくなもてなしができませんし、今宵はどちらかに行かれる予定がおありでしょう? 早くお戻りになってはいかがですか?」
「だいじょうぶですよ。この間食べてしまった分は、こうやって持ってきたので一緒に食べれば良い」
 馬から降りた美徳が、馬の鞍につけていた皮袋から、雑穀の袋を取り出して百合に差し出した。米でないところが、なんとも計算高くて腹立たしい。
 
「あいにく塩が切れております。煮干も猫の分しかありません」
 だから早く帰れと百合は言外に匂わせたのだが、相手の方が何枚か上手だった。
「皆持ってきましたから大丈夫です。さあさあ、火を起こしますから水をその前の川から汲んできてください」
「…………」
 さっさと火打石を美徳が家の前で打ち始めたので、百合は仕方なくまた諦めた。これはもう夕食を食べてから、なんとか帰ってもらうしかないだろう。
 どうもこの殿方は食べ物に執着があるようだから、おなかが満たされたら帰ってくれる筈だ。
 宵は美徳の差し出した煮干に飛びつき、その足元でガツガツ食べ始めた。
 お山の修行で慣れているらしく、百合が手伝う間もなく美徳がほとんどの食事を作ってしまった。しかもあきらかに美徳の方が上手だ。鬼の力を操る神の様な男はなんでもできるのかと、百合はなんだか物悲しくなってきた。天とは与える人間にはいくつもの良い物を与えるようだ。
 そして太陽がすっかり沈み、あたりが真っ暗になった頃、郷の方で紙燭がチラつくのが見えるようになった。
 予想ははずれ、食事を終えても美徳はいろいろ面白い話を百合にしてきて、一向に腰を上げる気配がない。
 百合は、ほとほと困り果てた。
 頑固というのか、空気が読めないというのか、人の気持ちをわかってくれないというのか……。
「あの、郷に行かれないんですか?」
「郷? 何で?」
 何でと聞かれて百合は困った。
 いつまでもここに居座られて、明日彩子達の怒りを買うのは真っ平ごめんだ。
「今日はそういう日でございましょう? 私は存分に楽しい思いをしましたので、どうぞこれからは美徳様が楽しまれたほうがよろしいのでは」
「え? もういいのですか?」
 なんか会話が噛み合っていないなと百合は思いつつ、桶の水で洗った食器を布で拭いた。いいかげんに妻問いに行かないと、女を貰いそびれてしまうだろう。
「良いも何も、木津を継がれる方が、私などの了承は必要ございませんよ」
「や、さすがにそれは良くなかろうかと。せめて歌でも」
「歌ですか? この辺ではそんな雅な事をなさる男性はいませんから」
 歌を詠める人間の方が格段に少ない。
 夜はいよいよ深まってきて、百合はもう眠くなってきた。早く帰ってもらわないと眠るのも難しい。
 美徳の馬も立ったままうつらうつらしている。野生の馬に近いようで、耳だけはぴんと立っていた。
「おや、晴れやかが野外で眠るとは珍しい」
「晴れやか?」
「この馬の名前ですよ。ふふ、どうやら百合の周りには安らぎに満ちていて、野生の生き物は皆従順になるらしい」
「はあ?」
「熊や猪ですら、襲われた経験はないでしょう?」
「…………」
 美徳は、水干の首の紐をはらりと解いた。
 それが妙に艶めいていて、百合はさっと目をそらした。妙に胸がどきどきするのは気のせいだ。
 まさか、そんなはずはないのだ。
「そりゃ、私みたいなのを襲う気は起こらないでしょう」
「ははは! 何をおっしゃっているのか。生き物に人間の見目など関係ありませんよ。貴女が生き物や自然と、交流できる方だから襲わないんです。妖ですら彼らにけん制されて近寄れないのですから」
 百合は、なんとなく美徳が、自分に興味持ったわけがわかった。
「妖を相手に美徳様はお勤めと聞き及んでおりますが、私にはできません。妖が出てきたらさすがに腰を抜かします」
「また話をそらそうとなさる……」
 声が一段と低くなり、切れ長の目が甘く滲んだ。
 こういった場に慣れていない百合は、美徳のかもし出す雰囲気に一気に取り込まれ、気づいたら美徳の長い袖が自分を包もうとしていた。
「いい加減に、私の気持ちに気づいて欲しいものです」
 水干を着崩した美徳に肩を抱かれたら、もういい加減に悟るしかない。
 信じられないが、美徳は百合が欲しいのだ。木津の跡取りに望まれたら拒否は許されない。
 戸惑いながら、百合は頷くしかなかった。