白の神子姫と竜の魔法 第24話

 ぶわりと何かが吹き出て、周りが七色の虹に包まれた。

 オトフリートに抱きしめられたまま、身体はどこかへ運ばれていく。夢だけれど……何か違う。

 ぱんと弾け飛ぶような音がしたかと思ったら、妙な実体感が襲ってきた。見ると、下にジークフリードのお城があり、身体だけが宙に浮いている。

 夢じゃない! これは現実だ。

「何をするの……っオトフリート」

「このまま転移します」

「転移はできないはずよ!」

「今の我々には、援護者がおりますので可能です」

「誰よ!」

「ラン様です」

 嫌だ。どこに連れて行く気よ!

 必死にもがいたけど、華奢なようでオトフリートは力がある。もがいてももがいても、その分だけ腕が絡みついてくるかのようだ。

「やだっ! フィンと離れたくない!」

「仕方ありませんね……」

 オトフリートの手のひらが、私の目に当てられた。途端、眠気が襲ってくる。

 起きていなきゃいけないのに。

 抵抗しなければ……連れさられてしまう!

 助けて、ジークフリード……。

 また夢だ。

 でもこれが、現実に起こった夢である事は、はっきりとわかっている。

 夢の中で、ロザリン姫のまま姿が変えられない私は、そのままオトフリートと一緒に、見知らぬ館へ移動した。

 場所がお城に戻る。夜だ。

 消えた私を、ジークフリードが必死になって探している。

『オトフリート……、いや、白の竜族の匂いがする! 何故かような連中を招きいれた!』

 それに対し、ジーナは誰も来ていないと言い返している。ジーナは、長生きはしているけれど、魔力はそれほど高くないらしい。

 ジークフリートは、テーブルの上のノートをひったくるようにして開き、唸った。驚くべきか、夢の部分は全くの空白になっている。私の身の上に起こった出来事なら、すべて書かれているはずなのに、空白なのは、魔力が強い誰かが関与しているのを意味する。

『しかし、どうやって侵入したのだ。この城は父上と私の二重の結界が張ってある。白の竜族に、我らほどの力がある者はおるまい』

 ジーナは一緒になって考え、そこで、はたと思いついたように言った。

『お休みになる前に……あの、ラン様とお会いになりました』

『母上と? どうやって? 会うのは父上の許可が要る』

『ラン様からいらしたのです』

『……一体何しに?』

『北の塔をご案内していた時です。最初から、鈴様を探しておいでのようでした。逃げろとおっしゃっておいででしたのを、黒竜公が引き取っていかれました』

 ジークフリードは、一言一言を吟味するように聞き、何かを考えているようだった。そうして、私が連れさられた可能性をいくつも考えていく。

『影の神子だった母上は、本来、何の力もない方だったが、父上との交合で魔力を帯びておられる……。白の竜族程度の魔力を、お持ちのはずだ』

『では、ラン様が?』

 ジークフリードは、首を強く横に振った。

『母上をそそのかした人間が、だ! 内側から手引きされれば、結界も役に立たぬ。おそらく鈴は、もうマリクにはいない』

『そんな!』

『鈴の気配がまったく感じられぬ。おそらくは……アインブルーメへ移動させられたのだろう。夢の通路を使って。開いたのは母上、そそのかしたのは、あのオトフリートだろう。あれの夢の侵入だけを、父上はいつも見逃している』

『では、黒竜公に』

 出て行こうとするジーナを、ジークフリードは彼女の腕を掴んで止めた。

『無駄だ。母上以外に父上は動かれぬ。気づいていても、だ』

 ジーナは、見る見る萎れた。

『……そうでした……ね。あの方は、ラン様しか見えておいでではない』

『光の神殿で助力願えたのは、母上の望みがあったからだ。鈴を救ってやってくれと』

 寂しそうに言い、ジークフリードは力なく椅子に座った。そんな彼をジーナは母のように抱きしめた。

『大丈夫です。私がついております』

『……そうではない。心配は要らない』

 ジークフリードはジーナの腕を外して、とにかく今日はゆっくりと休めとジーナを労い、退出させた。椅子に座ったジークフリードは、しばらく動かなかった。そばに行ってあげたいけれど、これは夢だから……。現実だろうけど夢だから行けない。

 ここにいるんだよ、フィン!

 ジークフリードに私の思いは届かない。

 ノートをジークフリードは開いて、ペンを取った。ノートは本当に空白だ。昼に眠ったのを最後に、何も文字は浮かび上がらない。

『鈴……』

 ぽつりとジークフリードは呟いた。

 そして、何かをさらさらと書いた。何を書いているんだろう。でもここからは遠くて見えない。

 何かを書いて、ジークフリードはノートを閉じ、大事そうに抱きしめた。

 瞬間、身体が燃えるように熱くなった。あのロザリン姫の記憶と同調した時のように。 何かがなだれ込んでくる。ロザリン姫の想いではない。もっと熱くて強くて……、これはジークフリードの想いだ……。

「お目覚めですか? 鈴。おかげんは……」

「最悪です」

 思い切り枕もとのオトフリートを睨みつけ、反対側の壁に寝転がった。あああ、もう、見たくもないものばかり起き抜けに見せ付けられて、天使のように微笑む人間がいるかしらね。

「つれないですね」

「変態王子と手を組んでるとわかってたら、嫌でも目覚める努力をしたのに」

 ああ嫌だ。天蓋付きベッドに、ド派手な壁の装飾に、飾られたお花の匂いのするお部屋。こんなものが光の神殿とやらにあるとは思えない。

 起きたくなくて、ベッドの中に潜り込んだ。

 一生この中で生きていきたい。

 無理なのはわかってるけどね……。あーあ。私の人生? って、一体何なのよ。せっかく、変態王子から逃れられたと思ってたのに。くそ!

「鈴。でも、貴女はここにいるほうが安全なのですよ?」

「変態王子のお城が安全とは、神官様のお言葉とは思えませんね」

「ギュンター王子は、貴女を深く愛しておいでです。けっして貴女は不幸にはなりません」

「光の神殿にあのまま住んでたら、変態王子に引き渡すつもりだったんだ? ジークフリードの魔法を断ち切って、ロザリンにするつもりで。へえ? そうなんだ」

「ロザリン姫のお姿でも、貴女は貴女でしょう」

 その言葉にむかっ腹が立ち、上掛けを跳ね除けた。

「ふざけんな!」

 ついでにオトフリートの顔をめがけて、思い切り枕をぶつけた。オトフリートはよけなかったのでわずかによろめいた。

「それがわかってて、どうしてジークフリードと引き離すのよ、このニブチンが!」

「鈴様」

「私は、ジークフリードが好きなのよ! 好きな人間と引き離されて、喜ぶ馬鹿がどこにいる!」

 しかし、オトフリートは頑固だった。

「いずれ喜ぶと思いますよ。宰相から離れられて良かったと思う日が、きっと来ます」

「来るか!」

 ベッドから降りて、オトフリートを思い切り突き飛ばした。でも悲しいかな、力の差なのかびくともしないんだなこれが……。

「ロザリン姫は、あの宰相のせいで不幸になったのです。おまけに魂まで囚われている貴女を、見過ごすなんてできません」

「それが間違ってるんだっつーの! 私は好きで囚われてるの!」

「ほら、貴女は、ロザリン姫に支配されておいでだ」

「…………」

 嫌なことを指摘され、私は力なくこぶしをゆっくりと下ろした。

 そうなのだ。私はこの気持ちに自信が持てない。

 ロザリン姫ではないという、その自信がどうしても持てない。流れる髪はロザリン姫になってしまっている。変態王子はさぞ喜ぶだろう。

 扉が開く音がした。

「ロザリン!」

 げ! 出た、変態王子っ!

 ぎょっとして部屋の端に逃げる私を、変態王子は追い掛け回す。さすがにオトフリートがたしなめて、自分の背に隠してくれた。

「王子。姫はおつかれですので、今日はご容赦ください」

「抱きしめることも叶わぬのか」

「それくらいなら……」

 あほーっ! 譲歩するな、馬鹿神官!

 変態王子ことギュンターは、大喜びで私を抱きしめにかかってきた。ううううわ、もう、全身サブイボだらけだよ!

 私って、この変態王子の嫁になる運命なのかしら。

 いい加減にしてよ、本当に、……もう。

 ここからこそ逃げたいよ。

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