白の神子姫と竜の魔法 第29話

 皇太子妃候補からは外されたとのことで、私はその日のうちに王后の棟へ移った。ギュンター王子にまた言い寄られたら困るし、ジークフリードの妹だという王后に興味もあったから、特に異論はなかった。

 翌日の昼過ぎ、事の顛末を説明を受けるために、私は王后に呼び出された。

 二人きりだ。

 シャルロッテは私をこちらへ連れてきて、お茶の準備をすると、さっさと部屋を出て行ってしまったのでいない。

 窓からは、美しい庭がよく見える。昨日予想したとおり、今日もいい天気だ。

 王后のお部屋というから、もっと豪奢な部屋をイメージしていたのに、思ったより質素な室内にいささか驚いている。デジャブを感じるのは、骨太で実戦的な黒竜公のお城の室内に、なんとなく似ているからだ。ひょっとすると王后は、マリクが恋しいのかもしれない。

「ほんにそなたは、リン王后によく似ている」

「それは、まあ」

 ありがとうと言うべきかなんというべきか。王后が誰にも似ていないから、なんと返せばよいのやら。

「私は、父母のどちらにも似ていない。世話をしてくれていたジーナという侍女によると、曽祖父に似ているのだそうだが。亡くなっていてわからない」

 私の表情を読み取って、王后が先に言った。

「昔過ぎてわかりませんね」

 二人で笑った。ジーナさんか。心配しているだろうなあ。

 王后は髪の色だけがお母さん譲りで、きれいな茶色だ。

「兄上から、そなたを助けて欲しいという伝心が来ての。あの誰にも興味を持たない兄上が、珍しいと思っていたら、なんと白の神子姫だというから驚いた」

 結構、きさくに話してくださる方のようだ。

「ギュンター王子は、お元気ですか?」

「今朝、陛下共々直接様子を見に行った。どこも体に異常はなく、すっかりそなたへの執念が消えていた。記憶にも残っておらぬから、安心しなさい、もう追い掛け回す事はないであろう」

「剣を抜いたことは……」

 王后は、うなずいた。

「ギュンター殿は操られていた。それでも、本来ならば王太子の身分を剥奪されかれぬ行為であったが、陛下からは寛大な処置で三ヶ月の謹慎ですむ予定じゃ」

 あの狂気に満ちた執心ぶり、誰かに操られていたからなのか。こわ!

 いいのか悪いのか、ちょっとわかりにくいなあ。

 直接会って、本当に正常に戻ったのかどうか知りたいけど、執着が復活したら怖いし。

「誰に操られていたかというのは……?」

 王后は首を小さく振った。

「そなたは知る必要はない。事はアインブルーメ国内の不祥事ゆえ」

 知りたいけど、教えてくれそうも無い。よく考えたら他国の人間に、自国の不祥事をほいほい話す筈が無い。私がジークフリードにあれこれ話したら、どんなことに利用されるかわからないもんね。

 アインブルーメ国王には会わないまま、辞す事になりそうだ。欲が深いとかジークフリードが言ってたっけなあ……。

「いずれにしても、そなたの力のおかげで助かった。礼を言う」

「いえ、私自身もびっくりしています」

 私に魔力があったなんて、自分でも驚きだ。しかも操る魔法を断ち切るなんて。

 光の神子姫は精神的な平和を、影の神子は富を現すと聞いていたけど、白の神子姫は何を現すんだろう。

「白の神子姫というのは、何ですか?」

 私が聞くと、王后はすぐ教えてくれた。

「黒の竜族が作り出す人間じゃ。反して、白の竜族が作り出すそれは黒の神子姫と言われている。おかしなものよの……」

 全くそう思う。

「竜族の間では知られている秘儀であるが、詳しい内容はあまり明らかにされてはおらぬ。また、明らかにされるほど、それを行なった竜も少ない。複数の条件が揃わないと成功しないゆえな」

「それなんですけど、皆、言う事がばらばらで、説明が足りないというかなんというか……」

「実際に行なっておらぬのだから、仕方ない。おまけに兄上は口数か少なく心うちを明かさぬ御方。案外、御本人が意識して、それを無視しておられるのかも知れぬ」

 王后はそこでカップを持ち、お茶を上品に口に含んだ。気取って小指を立てたりしないのがさすがだ。何もかも自然に、流れるような所作しかこの方はしない。

「白の神子姫の秘儀を行なう者は、光か影の神子の血を近しく引く者でなければならぬ。つまり、母が神子でないとできぬ。そして、外見を作るために人間の一部分。心を作るためにまた別の人間の魂魄。だが、それだけでは神子姫は作り出せぬ」

「私が聞いているのは、髪と魂だけって……」

「何よりも必要なのは、秘儀を行なう人間の神子姫の出現を強く願う心と、魂魄を提供する人間の承諾。それが揃って初めて白の神子姫は作り出せる」

 わー……面倒くさいな。

 王后は、小さく笑った。

「姫が亡くなったのは何年も前であるのに、今頃行なわれるとは。何かの後押しがないと、兄上は自分のお気持ちに正直になられぬようじゃ」

 自分の気持ちって……、何の? わからないなあ。

「それで、あの、なんかノートがあるんですけど。私に起こった出来事が写し出されたり、行きたい場所を書いたら飛んでったり」

 わずかに王后は目を細めた。

「……それは別の魔法になる。なんらかの必要があって、作られたのではないか?」

 あのノート。今はここにないからなあ。ジークフリード、ノートを通して、私の無事を確認して安心してくれているといいけれど。

 いろいろ考えている私を、王后はじっと見つめながら言った。

「兄上は、そなたを本当に愛しいと思っておいでなのだな」

 愛しい……?

 顔が茹蛸のように真っ赤になった私を見て、王后は明るく声を出して笑った。

「リン王后の、影だけのために作ったのではない。それは、ただの理由の一つに過ぎぬ。愛しくて愛しくてたまらぬという、兄上のお気持ちがそなたから溢れている」

 もううれしいやら、恥ずかしいやらだ。

「転移の許可が陛下から降りたゆえ、そなたは午後にはマリクへ帰れる」

 王后は、私の気持ちを見透かしたようにうなずき、短い私的な謁見は終わりを告げた。

 シャルロッテは正体がばれても、あの変態王子が好きなんだそうだ。

「一途なところが良いのです」

 と、いかにも幸せそうに言う。一途を通り越してるっつーの。殺されかけたらそんな考えも吹っ飛ぶはずなのに、好きな人に殺されるほど愛されるなんて素敵などと、理解不可能なことを言う。アインブルーメは、おかしな嗜好を持つ人間のたまり場に違いない。

 私は、好きな人を護る為に死ぬのは本望だけど、好きな人のエゴや償いのせいで死ぬのは真っ平だ。

 ギュンター王子が、シャルロッテを子供を生む生産機械みたいなこと言ってたとばらしたら、子供が生めるなんて! と狂喜乱舞する有様だ。もうついていけない。大体貴女、間諜を隠して王太子の傍に居たんでしょうが。お払い箱になる心配をしたらどうなんだ。

「そういえば、オトフリートは?」

「別室で待機しております。鈴様、マリク宰相殿一行と、一緒に転移する予定ですので」

「ふーん。ところでオトフリートって神官なのに、なんであんなに剣が強いの?」

 気になっていたことを聞いてみた。

「もともとは、殿下の親衛隊の隊長だったのです。でも、ロザリン姫様がお亡くなりになるのと同時に、マリクの神官に見習いになるために、隊を辞されました。高貴な方を弔うために神官になる方は、結構多いので特に珍しくはないです」

 なんか変じゃない? ロザリン姫はギュンター王子の婚約者だったわけじゃないし、オトフリートが彼女に恋していたふうでもない。仕えていた主人が亡くなったというのならともかく……。それも隣の国の神官って……。

「オトフリートの顔って、ずっとあの顔なの?」

「そうですけど……。まあ、鈴様は、御自分の顔がころころ変わるからって、他の人間も変わるだなんて思わないでくださいね。ま、竜が食べた人間の心は己のものに出来ても、顔は無理ですわよ」

 顔は……無理?

 でも、ラン様は、オトフリートを正樹さんだと思って、なんの違和感もなく受け入れていらっしゃったし。

「魔法かなんかで幻惑して、姿変えたりはできるんでしょう?」

「できなくもありませんが……、ずっとは無理ですね。この世界の人間は、皆魔力がありますもの。せいぜい2回が関の山で、そのうちわかるようになります。だます相手が弱りきってだまされやすいとか、そんなふうでないとずっと幻惑できませんわ」

 それなら可能か。ラン様、明らかに壊れてるもの。

 ……でも、私は壊れてない。しっかりしてる。

 オトフリートさんの容姿は、最初会った時からずっと変わらない。ラン様の見ている正樹さんと同じ容姿だ。幻惑を行なっていないのは間違いない。

 正樹さん、正樹さんを食べた竜、オトフリート。

 全員同じ容姿って……、ちょっと有り得ない。

 しかも、正樹さんって異世界人だし。

 正樹さんは言ってた。自分を食べさせて、最初はどうにも出来なかったけど、やがて相手を支配できるようになったって。オトフリートさんも支配しているようだった。

 胸がざわついた。

 何故、正樹さんは……オトフリートは、やたらとジークフリードから私を引き離そうとしてたんだろう。

 ラン様の望みを叶えるため?

 それもあるかもしれないけれど、もっと何か理由がある。

 ジークフリードに会ったら、聞かなくては。

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