白の神子姫と竜の魔法 第33話
オトフリートは、ジークフリードが傷口を治そうとするのを、頑なに拒否した。
「私は、この城に……鈴……様がいらした時に、黒……竜公から鈴様と……ギュ……ンター王子の抹殺を命……じられた、罪深い身です。…………逆らえなかったとはいえ、……万死に……値します」
ジークフリードも私も首を傾げた。
何故ならオトフリートは、一度だって私の命など狙ったりしなかったからだ。やたらとジークフリードから引き離そうと、躍起にはなっていたけれど。
寝転んだまま、オトフリートは目を閉じた。
「殺すこ……とだけが、抹殺なのではあり……ませ……ん……」
頭に浮かんだのは、もう狂っているとしか言いようが無い、先ほどのラン様の姿だった。ジークフリードも同じように思ったらしく、黙り込んだ。
崩れた壁の穴から、強風が先ほどから立て続けに吹き込んできていて、めちゃくちゃ寒い。もう秋も深い。
秋とは、人生にたとえると老齢期だ。オトフリートはこのままこの世を去りたいのだろう。
「……今となっては、こうなってよかった……と……、思っています。私は死な……なければ、黒竜公の呪縛から……解放さ……れなかったのですから」
「同じ血肉を食したからか?」
ジークフリードが言うと、オトフリートは微かに頷いた。
「そうです……。正樹としては生きられても、……魔力……の強弱では、黒竜公には勝てな……かった。思いの強さが……全てを支配するの、で……すから」
出血はジーナの魔法で止まったけれど、失血を治すジークフリードの魔法をオトフリートは拒否している。生きたくないのだ。でも。
オトフリートをじっと見つめると、彼の胸の辺りに、……心臓を包む銀色の霧のようなものがあるのが見えた。
「ジークフリード、何これ……」
私に聞かれて、ジークフリードは見てくれた。でも見えないらしい。何もないですよと触って確かめている。
おかしい。だって銀色にこんなに輝いているのに……。
私が触れたら、オトフリートが痛そうに呻いた。
「止めて、く……!」
銀色それは、心臓を締め上げるように縮んだ。今度こそオトフリートは、身体を小刻みに震わせて苦しむ。ほとんど動けないから傷に触らなくていいけれど、絶対にこの変な霧は良くない。
「この銀色の霧みたいなのが、オトフリートを苦しめているのね……」
「鈴?」
私が、この霧を滅するなんて出来るだろうか?
できる筈だ。だって、ギュンター王子を狂気から開放できたのだもの。
お腹の底から透明な魔力がわきあがるのをイメージしたら、本当にそれがわきあがり、私の手から零れ始めた。膨張したそれは部屋を一気に埋め尽くし、また、私が思う場所へどんどん吸い込まれていく。
消えて! オトフリートから。
それだけに意識を集中する。
いつの間にか、ジークフリードが私を背後から抱きしめてくれていた。
とても温かい……。
その温かさに反応したのか、透明な魔力が強くなった。物凄く熱い。炎のような熱さなのに、不思議に私の手は火傷を負ったりしなかった。
だけど、中々その銀色の霧はしぶとかった。抜けまいとして、さらに強くオトフリートの胸に居座ろうとする。
ジークフリードが言った。
「……私にも見えました。これは恐らく父の呪いです」
「黒竜公の?」
ジークフリードはうなずき、手を竜化させた。
「どうするの?」
「私の魔力も注ぎます」
それって大丈夫なのかな? なんというか……、弱ってる人間に濃度の濃い栄養を入れようとしてるような。そんな処置したら、オトフリートがやばいんじゃないの?」
耐え難い痛みと苦しみに、オトフリートは私たちから逃れようとする。それをジークフリードが片手で押さえつけ、己の魔力を注ぎ始めた。
「フィン!」
「動揺しないでください。ただ、己の解放の力を信じてください」
「開放?」
なんだそりゃ……。
「とにかく念じなさい!」
ぴしっと鞭がしなるように言葉を投げつけられ、ぶれぶれになっていた私は、再び魔力を注ぐ事に意識を集中する。心なしか、銀色の霧の抵抗が弱まった。ううん、実際弱まっている。オトフリートが暴れなくなった。それを見計らって、ジークフリードは、竜の人差し指の爪先を、慎重にオトフリートの胸へ沈み込ませていく。
じわりとにじみ出た血の色は、どす黒く、銀色が混じった赤だった。うわー気持ち悪い!
しゅうしゅうと変な蒸気が立ちこみ始め、漂い始めた悪臭に私は息を止めた。
くそーっ! オトフリート、生きるのよ! 頑張れっ!
心の叫びに応じて、透明な魔力が爆発する。
「鈴?」
オトフリートの驚く声と同時に、私の目の前は真っ白になった……。
うわー……すべすべだ。
あったかい。私、毎回これだからすぐにわかった。これはジークフリードの腕だ。
とっても触り心地がいいからね……。
でも体が重いな。
「まったく、魔力の注ぎすぎだ。魔力は命そのものだというのに無茶をして……」
ん? まさか、今、ジークフリードのアレが私の中に入っちゃってる状態? 痺れるようにあそこが気持ちよくて……熱くて!
「朝までかかるか……」
ちょ、ちょっと!
「あ……はぁ……ンっ」
変な声が出るから動かないでよー。魔力を分けてくれるんなら、大人しくフツーに入れてるだけでいいじゃないのっ。
「私をこんなに心配させて……!」
ジークフリードはかなり怒っているらしい。裸にされている私は、ジークフリードに上から圧し掛かれている状態だった。寝台の上だから身体は痛くないけど……、いや、なんとなく力任せに胸を掴まれてる気がするっ。
あ、噛んだ! 痛いってば……!
「痛いのに濡れるなんて……、鈴は嗜好が変わったのだろうか」
私がうめき声しか出せないので、ジークフリードは一人合点してぶつぶつ言う。
そんなわけないでしょっ。
叫びたいのに、出てくるのは変な声だけな私。魔力を出しすぎたようで、動かせるのは指先だけだ。それもほんのちょっと……。
ああそれより……気持ちいい。あそこが熱いよう。
熱くて……蕩けそうで……もっと欲しい。
「あ……あっ、フィ…………っ」
「だいぶ回復してきたようですね」
びくびく震えるジークフリードからあれが注がれ、体力がみるみる回復する。腕や足が動くようになり、彼の首に両手を回せた。
「フィン……ありがとう」
「動けますか?」
「うん」
回復したら出て行くのかと思いきや、ジークフリードはそのまま抱きついてくる。
とても心配をかけたらしい。
「えっと、ごめん。私、魔力を使いすぎたみたいで……」
「そうです! どれほど心を痛めたか……!」
ちょっと半泣きの、ジークフリードの顔が可愛い。
私はごめんなさいのキスをした。それはすぐに深くなって、次いでジークフリードの愛撫が深くなる。
「あ、あのっ、オトフリー……」
「彼なら一命を取り止めました。呪いからも開放されて、経過は順調です」
胸の先に爪の先が甘く食い込み、むず痒いそれに、私は腰をくねらせた。竜の爪でやられてたら死んでるなあ。
「鈴」
「は……い」
話をしたいのなら、ちょっと中断しない? と言いたいけれど言えない雰囲気だ。
「貴女は私の唯一です」
「んっ、わかって……るっ!」
ぐいぐいと体の奥にねじ込まれてくるそれに、指先まで支配されてしまう。体力がどんどんよみがえる。
「だから、死のうだなどと思わないでください」
「フィ……」
殺されると思ったときの話だ。
「私は……、信用されていないのかと辛く思うのと同時に、そんな決意をさせた自分にひどく苛立ちました」
それで許してください……か。
「貴女が死ぬ時は、私も死ぬ時です。それは老衰以外ありえませんから」
ん……わかるよ。わかるから動いて! 気が狂いそうなのっ。
「聞いているのですか?」
「聞いてる……あ……あぁっ!」
私の気持ちを読んだのか、激しく揺さぶれて始めてもう言葉なんかでない。何度も何度も重なる唇は、甘くて熱くて、いやらしい。ふふ。ちっとも嫌じゃない。大好きなジークフリードなんだもの。
好き。大好き。
だって私は、貴方のためだけに生まれてきたんだもの……。
再びジークフリードの魔力が注がれる。
なのに、まだジークフリードは出て行かない。
その日は結局、暗くなるまで、ジークフリードは私を抱き続けてくれた。
最後のあたりは記憶にない。
もう魔力はいらないよーと、叫んだような……気が、する。
ジークフリードって絶対に長生きするよ。絶倫すぎるから。
私も長生きするんだろうなあ……。
幸せだったら……それでいいか。