夕闇の中を、途切れることなく走っている車が、歩道を歩いている二人をライトで次々照らしていく。あんなにいた観光客は別の地区……
次の日の朝、恵美は雅明の腕の中で目覚めた。カーテンの色が浮き上がって明るい。今日もいい天気になりそうだ。 目の前で雅明がす……
ひとしきり泣いて恵美は圭吾を見上げた。 「どうして今まで姿を隠してたの? ひどいわ」 子供のように拗ねる恵美に、圭吾は申し訳な……
関係者以外立ち入り禁止というプレートが下がっている廊下へ、奏は眠った恵美を横抱きにしてずんずんと進んでいく。後ろからアネ……
眠っている恵美の隣で朝六時ぴったりに、雅明は佐藤グループ独自の通信を開始した。通話だと盗聴されるためだ。この通信は、管轄……
ギリシャからドイツまで飛行機を使い、シュレーゲルへ戻る車の中で、雅明は氷のような表情を崩さなかった。 身体中で自分を拒絶す……
午後をだいぶ回った頃、恵美たちはアテネへ帰ってきた。 たくさん居る観光客、ずっと車が途絶えない道路、排気ガス、それでも神話……
「圭吾は捨て子だったと言っていました」 奏は頷いた 「ええ……、実際母が捨てたようなものです。だいぶ経ってから兄を探し出して……
シュレーゲルという地名は、三百年ほど前からこの地を支配した、貴族の名に由来する。 三方を山、残る一方を大河という天然の要塞……
夕闇に染まりゆくシュレーゲルの館の庭で、雅明は過去を思い出していた。 ドイツ語を話せず、誰も知らない人間の中にいきなり放り……
ソルヴェイは日本人とドイツ人のハーフで、ずっと日本で住んでいたが昨年母親が亡くなったので、父親のいるドイツへ引き取られた……
そうして十一年の歳月が過ぎた。 今日も大きなアルブレヒトの館の中の自分の部屋で、雅明は熱心に絵を描いていた。 大学へ入って初……
ソルヴェイと結ばれた翌日の昼、雅明が彼女との結婚の許可をもらうためにアルブレヒトの部屋へ行くと、エリザベートが来ていた。……
翌朝、アルブレヒトは、雅明の部屋で置き手紙を握りしめた。 ” 愚かな孫をお許しください ” 部屋の中のものは、ほとんど持ち出され……
フランスの絵画展を終えた雅明を待っていたのは、ディートリヒ邸の人々の冷たい視線だった。 「おかえりなさいませ」 「……ただい……
ぐいぐいと己の慾を押し込み、細い腰を腕で固く抱きこんで揺さぶると、女は嬌声をあげて自分にしがみ付いてくる。柔らかな肌は吸……
雅明はアルブレヒトに遠慮して館には帰らずに、シュレーゲルから100キロほど離れた街に、小さなアパートを借りて一人で生活を……
「居たぞ! あそこだっ」 拠点にしていたあばら家で情報機器の後片付けをしていた雅明と、組織のメンバー数人は、その声を聞くなり……
夏の暑い日だった。 雅明は自分のぼろアパートで、絵を描いていた。 この数年で闇の組織の重要な仕事をまかされるようになり、今で……
エリザベートと食事をした翌日、朝から激しい雨が降った。雅明は仕事があるという少年を車で自宅の近くまで送ってやり、そのまま……
月日は流れ、雅明は二十九歳になっていた。 アンネがたまたま館を開けた夜、雅明はトビアスに呼びに出されて、ベッドを共にしてい……
飛行機で睡眠薬を飲まされて眠らされ、目覚めた時には、恵美は見知らぬ部屋に居た。薬が切れたばかりで動けない恵美は、首だけ何……
夕日が家々の屋根へ沈もうとしている。 混雑する道を避けて奏が車を走らせているので、奏のマンションへ帰るのではなければ、穏や……
眠れないまま、恵美は朝を迎えた。 時計は五時半を指している。眠るのを諦めて、恵美はベッドから起き上がって着替え、顔を洗った……
佐藤邸へ戻った恵美はすぐに暫く住んでいた部屋へ通され、ベッドへ横たえられた。切られた足首を雅明が消毒して、手馴れた手つき……
美雪と穂高は恵美の姿を目にした途端、それぞれ持っていたものを放り出し、思い切りしがみついてきた。 「お母様っ!」 「おかあさ……
病気も治り、ただの居候をしているのはかなり心苦しいので、恵美はなんでもいいから仕事をしたいと貴明と麻理子に言った。 「仕事……
そんなことがあった翌日、ソルヴェイが一人で恵美の部屋へやってきた。その目は遠慮気味ではあるものの、雅明について話したがっ……
それから数日が過ぎた。 麻理子にソルヴェイとは関わるなと言われたものの、向こうからやってくるのを避けるのは難しかった。恵美……
「まったく、いい加減にしてほしいな。早くあの女を追い出せ」 貴明が刺々しく、窓際に持たれて煙草をふかしている雅明に言う。 部……
翌日、アネモネがやって来た。 「メグミ元気? マリコもおはようございます」 「おはようアネモネさん」 麻理子はアネモネに丁寧に返……
深夜、貴明は眠っているところを、麻理子に起こされた。 「……誰だ?」 「ソルヴェイさんです」 「…………」 差し出された受話器を……
自分の身体が腐っていく感覚とは、こういうのを言うのだなと、恵美は突き上げを受けながら感じる。 そして、心底望まない交わりと……
奏が仕事を終えて実家へ帰ると、亜梨沙が出迎えた。 「おかえりなさいませ」 「ただいま池谷さん。今日はどうでしたか?」 奏の質問……
時は半月以上を遡る。 雅明の様子を見に来たソルヴェイは、想像以上の仕上がりぶりに狂喜していた。 「よくやったわ、フリッツ、ア……
多人数の足音が近づいてくる。今度は猿轡を施された夫妻がおびえる番だった。 雅明は拳銃をアネモネに手渡して、夫妻に振り返った……
そして現在に時は戻る。 「おい、これ飲めるか?」 雅明がシロップ剤に水を混ぜた物が入っている吸い飲みを差し出すが、意識が朦朧……
「恵美様、奥様がご一緒に外出をと申されております。お着替えください」 いつものお茶の稽古の後、亜梨沙にそう言われ、恵美はあ……
振り向いた奏の目には、恐ろしく清らかで穏やかな光が宿っていた。 「恵美」 「はい」 恵美が返事をすると、奏はスーツのポケットか……
「……これが頼まれごとなの?」 唇が離されて恵美が聞くと、雅明は唇の端をあげて微笑した。 「抱いてはいけない人を抱いてしまっ……
春休み。 結ばれた雅明と恵美、そして子供たちは佐藤邸の人々に惜しまれながら、田舎の古い家へ戻ってきた。子供たちは家を恋しく……
驚きの後、恵美の心に生じたのは疑惑だった。 今頃になって実の両親について話しに来るなど、作り話も良いところだと追い払うべき……
老年の男性はリヒャルトと名乗り、青年はフィリップと名乗った。フィリップは車の部品を作る工場を、ドイツで経営しているらしい……
鉛のように重苦しい雲が垂れ込めているせいで、すっきりしない。 恵美はそっとため息をついた。 あれからすぐに恵美達は日本を立ち……
タクシーを呼び、恵美達はリヒャルトの館へ行った。シュレーゲルの館から三キロほど東にあるその館はこじんまりとしていたが、そ……
シュレーゲルの館では、貴明がまだ寒いというのにテラスのベンチに腰掛けていた。エリザベートがそんな貴明にお茶を持って来た。……
平安の御世。政の中心は数百年前から変わらず、玄武、白虎、青龍、朱雀による四神の守護の恩恵を受ける平安京という都の中にあり……
一条の外れに物の怪邸と言われるほど荒れ果てた宮家の邸がある。無人ではなくつい最近まで女人二人が暮らしていた。一人は宮家の……
春の嵐が吹き荒れた。 容赦の無い風は今が満開とばかりに咲き誇っていた桜を吹き散らし、花を愛でていた人々はしきりに残念がった……
それから数日が経った。 逃亡しようとして惇長に捕まった珠子は元の局に戻されてしまい、嫌味女房に監視される毎日に精神的に参っ……
「今朝はお静かになさっておいでですのね。昨日は、それはそれは、ご退屈そうにしておいででしたのに」 朝、激しい痛みに、気持ち……
初夏に入ってから、じわりと汗ばむ日が続いていた。 珠子は扇を静かに煽ぎながら、早く目当ての場所へつかないかとばかり考えてい……
翌日、一条は坂本の実家へ帰っていった。 代わりに惇長の従者の由綱が女房の役目を果たしてくれたのだが、一条と違って男の由綱は……
「貴方……」 「妖物に魅入られますよ。気づきませんか? 姫の周りは妖の匂いがぷんぷんします」 「貴方には嗅ぎ取れるの?」 「皆わ……
雨が降らず、御簾内からでも陽の強さがわかるほど暑い日々が続いている。昼下がりだけあって蝉の声が騒々しい。 風はどこへ行った……
乞巧奠(きこうでん、七夕祭り)が無事に済み、宿直の惇長はなんともなし清涼殿の廂に座り、ふと置かれたままになっている盥の水……
暴風で、閉められた蔀戸がたがたと震えた。 降り出した雨が縁や庭の草木を叩きつけ、たちまち濡れそぼっていく。縁も風雨によって……
師走も中旬に入り、雪が舞い、凍えるような寒さに、人々は火桶に火を起こして暖を取っている。 京から望む山々はもう真っ白で、雪……
几帳を挟んだ向こう側の縁にいる女房に向かって、 「弾いていたのは私です。貴女は?」 と、珠子が警戒しながら返事をすると、 「こ……
女房達は皆撫子の御方の所に集まっているため、寝殿の孫廂(まごのひさし)に人影はなく、珠子は一人で翠野を抱えて彰親からの合……
それから惇長は、前のように珠子の所へやって来て、一緒に過ごしてくれるようになった。前と違うのは一緒の褥に入ってもなにもし……
優雅に扇を広げ、撫子の御方は面白そうに御簾の向こうを見やった。 騒々しい足音と共に女房達が慌てさざめく声がする。やがて撫子……
子の刻(深夜0時)。 燈台に明るく火が灯され、色鮮やかな衣装の花が咲き乱れている中、珠子は必死に欠伸をかみ殺していた。 東宮……
「中将の君」 いきなり噂の本人の右京の声がして、珠子はびっくりした。桜が飛び起きて局の奥へ逃げていく。 後宮暮らしで一番慣れ……
陣定の席で、惇長は渋い顔を隠しきれなかった。それは中心となっている左大臣も同様で、先ほどから重い沈黙が場を占めている。 「……
広いようでとても狭い後宮に、あっという間に珠子の恋人は彰親だという噂は広まった。広めたのは当然目の前の右京だ。 「本当にお……
一条に呼び出された彰親は、半刻も経たないうちに駆けつけてくれた。みるみる険しい顔になり、 「身体の中に入ったのですね。やっ……
惇長が、高熱でこんこんと眠っている珠子を抱いて彰親の屋敷へ入ったのは、亥の刻を小半時ほど(午後十一時)過ぎた頃だった。雪……
翌日はひどい吹雪だった。邸はみしみしと風を受けて軋み、格子や蔀戸の隙間から粉雪が舞い込んでくる。女房や家人たちは建物の中……
如月に入り、珠子は内裏に戻った。 淑景舎は以前より明るい声に満ちていて、風通しのいい場所に変わっていた。 妖の病魔が去ったせ……
琴の音や人の笑い声などが、遠くから微かに聞こえてくる。 粉雪が舞い散るこの寒い夜に、弘徽殿で雪を見る為の管弦の宴が催されて……
厳重な人払いがされた。 撫子の御方は気分が優れず暗い顔だった。珠子の兄の美徳に対しての約束が守れなかったのと、次から次へと……
珠子の局は、主が居ない為ひっそりと静まり返っていた。 猫の桜はおそらく彰親が連れ帰ってしまったのだろう、いつもの畳の上にそ……
雪がしんしんと降り、恐ろしく冷え込む夜の都を、美徳と彰親はゆっくりと歩いていた。 ともに、粗末な傘を被り蓑を羽織って身をや……
瞬く間に日が過ぎ、主上の譲位と共に東宮が新たな主上になられ、二の宮で御年一歳になられる永平親王が東宮に御立ちになった。落……
右大臣の屋敷は、朝から妙に騒々しかった。 なにか宴でも催されるのだろう。珠子は関係ないわと思いながら、刺繍をして気を紛らわ……
夜が明けた。 とはいえ、几帳や御簾や格子で隔てられた屋内は、まだまだ薄暗い。 美徳は瞑想をやめ、ゆっくりと目を開いた。 瞑想は……
「おお……これは素晴らしい」 院が楽しそうに笑まれたのを、惇長はうれしくお見受けした。 珍しく青空が垣間見えていた。御簾越し……
「これはどういう事か説明いただきたい」 惇長は、中納言義行に向き直った。 官位は同じでも、惇長の方が遙かに重く思われていて貫……
「やれ! なぜやらんのか。どうなっておるのだ、呪は効いている筈なのにっ」 哉親がどれだけ妖をそそのかしても、触手達は源晶を攻……
彰親の屋敷の庭にも、やはり桜の木があった。 今年は、満開の頃は屋敷の住人はそれを愛でる余裕はなく、何故かいきなり続出したけ……
陽が、湖の向こうへ沈もうとしている。 茜色に染まった空と金色に輝く陽を湖が映して、それはそれは美しい光景であるにもかかわら……
いよいよ妻問いが行われる日が来た。 今日は、村の若い者が総出で川掃除をする事になっていた。この間の屋敷の掃除のように、あき……
百合は、粗末な家の中の、また粗末な褥に美徳を誘った。 全てが使い古されたもので、今日の夜にはふさわしくはない。それが百合に……
宇治はさぞ暑かろうと思っていた彰親の予想は当たっていて、道中、車の中で蒸しあがりそうだと思いながら、何度も扇を仰ぎ続けて……
二人の幼い若君と姫君が遊んでいる。棒切れを持って庭に字とも絵とも取れないものを書き、石を置いている。 何ともなしに御簾越し……
中宮のお住まいになっている弘徽殿に赴いた彰親は、女房の一人に御簾内に招き入れられた。侍従という通り名で、彰親より二つばか……
紅葉が深くなる頃、楓の子供はだいぶ大きくなり、最近は頻繁にひっくり返ってうつぶせになるようになった。すぐに頭が重くなって……
彰親がようやく唱えるのを止めた。 しばらく二人はそのままだった。 静寂を破ったのはかさねだ。 「私じゃない私が……出てました」……
かさねが桜花殿に入った頃に初雪があり、屋敷の庭が風情のある美しい化粧をしたと思ったのは、7日ほど前の話だ。最初は何もかも……
「なかなか炙り出せないものですね」 彰親は、降り続ける雪を御簾内から眺めながら、ふうとため息をついた。 しつこく監視する嫌な……
「かさね、気づきましたか?」 彰親の声に、自分はいつの間に寝ていたのかと思いながら目を開けたかさねは、とても間近に彰親の顔……
「ねえねえ。どうだった?」 翌日、早速、かさねの局にやってきた紅梅の君が、目を輝かせながら聞いてきた。 かさねは裁縫道具の箱……
蜜月とも言うべき日々を送っていたかさねと躬恒は、ある秋の朝、二人の人間が山へ入ってきたのを探知した。いつもなら里の人間が……
それから数日が経った。躬恒からは何の連絡もない。なんとなく空気が荒れている気配がする。かさねの使った力で躬恒が妖の王にな……
「実は、躬恒を王にした直後、かさねはその場で倒れてしまい、気がついたら数日後の朝だった。誰も側に居らず、一体どうやって自……
かさねが見ている前で彰親が吹き飛び、外で生い茂っている木々の中に突っ込んだ。バキバキと木が折れる音がして、かさねは悲鳴を……
我が娘が男児を孕むように。 憎いあの女を不幸に突き落としたい。 今度の除目で上国の国司になりたい。 唸るほどの財宝が欲しい。 あ……
話は今の代へ戻る。 それから数日が過ぎて、年の瀬も迫った夕暮れのひととき、かさねは一人局の中で過ごしていた。紅梅の君は恋人……
やがて新年を迎えた。 朔日は皆で新年を祝い、それはそれはにぎやかだった。仲睦まじい惇長夫婦と正妻である珠子が懐妊中であるこ……