天の園 地の楽園 番外編 もしも圭吾と恵美が普通に出会っていたら 第3話

「……なんで、私と結婚しようとするの?」
「何を今更、好きだからだ」

 圭吾は恵美の頬にキスをする。

「……でも、私達は昨日出逢ったばかりで……」
「恋に堕ちるのは一瞬だ。お前も貴明の時そうだったんだろう?」
「昨日、いきなり貴方に恋に堕ちるなんて、あり得ない。わからない」

 恵美の顎に手をかけて、圭吾は恵美の顔を覗き込んだ。

「恵美は好きでもない男と寝るのか?」

 顔を赤くした恵美は、その圭吾の手を振り払った。

「それは……っ、だって、あんたが強引だから……っ」
「お前は逃げなかった。それが答えだ。恵美は私が好きだろう?」

 自信満々の、憎らしいくらい魅力的な圭吾の笑み。切れ長の黒い瞳は強く輝いて、その大きな手は恵美の心を鷲掴みにする。まるで磁石のように貴明を向いていた心は、圭吾に引き寄せられて離れられなくなってしまった。

 ここへ来る前は逃げようとしていた。だが、あの駐車場での女の一件で恵美の中で何かが変わった。

 圭吾があの女をひっぱたいた時にわかったのだ、自分は愛されていると。彼は恵美を侮辱したあの女を怒った。それは自分を大切に想っているからだ。圭吾のような男が、からかうだけの女のために怒るとは思えない。

「……でも、圭吾は私が貴明が好きな事知っているんでしょ」

 自分の膝に目を落とした恵美の黒髪が、さらさらと落ちる。それを掬い上げながら圭吾は言った。

「それは直ぐに消える。現にお前はもう私に夢中だろう?」
「どこまで自信家なのよ? 夢中だなんて……」
「私は佐藤邸でお前を見た時から、お前に夢中だ。ざっと半年だ。お前は昨日私に初めて出逢ったのかもしれないがな」

 貴明が言っていた通りだと恵美は思う。でもどう考えてもこの魅力的な男が自分に夢中だったとは考えにくい。口をへの字に曲げて考え込んでいる恵美が可愛くて、圭吾は小柄な恵美を自分の膝に乗せて唇を重ねる。

「ああだこうだと考えるな。私にしておけ。年はぎりぎり20代だし、健康で金もある男だぞ? この先こんないい男が現れるかどうか分からんだろう?」
「自分で言わないでよ、馬鹿じゃないの?」
「じゃあ言い方を変えよう。お前が誰かにとられそうで心配だ。頼むから早く佐藤恵美になってくれ。必ず幸せにする」
「……誰もとりになんか……、あっ」

 首筋に吸い付かれて、恵美は甘い声をあげた。圭吾の手が背中をするすると撫でて、恵美の女を挑発する。じっと熱く見つめられて、その熱さで心が熱くなり恵美は赤く顔を火照らせてしまった。

「……恥ずかしいよ、私……なんでかな」
「私が好きだからだ。いい加減認めろ」

 ぐいぐい迫ってくる強引さが、何故か心地いいと恵美は思ってしまった。その熱さで自分を溶かして欲しい、昨日よりも、もっと、もっと……。

「圭吾……好き」
「やっと言ったな……」

 熱く熱く唇が重ねられ、その日二人はお互いが満足するまで抱き合った。


 三ヶ月後、貴明は複雑な表情で拍手を送っていた。

 幸せそうに笑っている美しいドレス姿の恵美と、その恵美の背中に手を添えてリードしているタキシード姿の圭吾。今日は二人の結婚式披露宴なのだ。

「あー、くやしいい。あの人私が目を付けてたのにい!」
「ばっかねえ、亜梨沙ってば。恵美に敵うわけないでしょーが。あのナイスバディは最強なんだから」
「チビの癖に~!」
「関係ないわよ、あ~あ、いい男はすぐに売れちゃうわよね」
「早く売れたい……」

 美樹と亜梨沙がぶつぶつ言っている。恵美がうらやましくて仕方がないようだ。貴明は彼女らと同じテーブルに座っているが、うらやましいのは圭吾だ。

(くそ……うまくやりやがって……)

 圭吾は貴明の視線に気づくと、にやりと笑って恵美を抱き寄せた。招待客の間で歓声があがる。


 ある夏の夜、貴明は佐藤邸の自分の部屋に恵美を連れ込んでいた。 

 夏の暑い日で、恵美は半袖にミニスカート、髪は後ろに束ねるといったいでたちだった。小柄なわりにはスタイルがいい恵美は、その露出の多い格好で屋敷の男どもの熱いまなざしを受けていた。しかし、貴明しか見えていない恵美は全く気づいていなかった。その格好も、おそらくただ単に暑いからチョイスしたものなのだろうと思われた。恵美はいまいちおしゃれには無頓着だった。

「恵美、カクテル飲める? 僕簡単なやつなら作れるよ」
「アルコール度数が低いのなら飲めるよ」
「じゃあ作ってあげるね」
「ありがとう」

 貴明は、恵美の好きなカルアミルクを作り、自分にはウィスキーをストレートでグラスに注ぎ、それをトレイに載せて恵美に近づいていった。

 恵美はソファに座りテレビを観ている。見えているほっそりとしたうなじがたまらない色気を放っていて、貴明はすぐに吸い付きたくなる自分を叱咤した。

 横に座り、貴明は恵美にグラスを手渡した。恵美の日焼けしていない白魚のような滑らかな手先が気になる。

 恵美はカルアミルクを一口飲むと、おいしいと言って喜んだ。貴明は内心ドキドキしている。実は強いリキュールを多めに入れたのだ。しばらく経つと貴明の狙い通りに恵美は目をこすりだした。

「……なんか眠い」
「え?まだ夜の七時だよ?」
「酔っちゃったかなあ。おかしいわね……こんなカクテルで…………酔う……なんて………………」

 そのまま恵美は、くたんと反対側の肘掛けに凭れてしまった。

 実は貴明も恵美に恋していた。
 だが、母のナタリーに許嫁を勝手に決められていたのだ。嫌だと言うとならば会社は継がせないと言われ、会社運営がしたくてたまらない貴明は頷くしかなかった。政略結婚はよくある事だ……特に貴明のような境遇の者は。

 どうせ結婚できないのなら、ひとときだけでも自分のものにしたい。幸い恵美は自分を好いているようだから、文句を言わないだろう。

 そっとやわらかな唇にキスしようとした時、唐突にドアが開いた。鍵をかけたはずだったので貴明は飛び上がった。

「だ……」
「貴明坊ちゃん? 寝込みを襲うのはどうかな?」

 入ってきたのは従兄弟の圭吾だ。貴明は舌打ちした。お互いがよそよそしくしているつきあいで、この従兄弟がこんな風に部屋に入ってくるのは初めてだ。

「何の用だ?」

 睨んでいる貴明を通り過ぎ、圭吾は恵美を挟んで向こう側に座った。そして酔っぱらってむにゃむにゃ言っている恵美を見下ろす。

「いや、お前がいい女を連れ込んでる所が見えたものだから。やっぱりやるつもりだったんだな?」
「お前には関係ないだろうが!」
「関係あるさ。一目惚れだからな。お前の毒牙にかけられてはたまらない」
「なんだと? 手当たり次第女を抱きまくってるお前に言われたくないね!」

 厚かましくも、圭吾は恵美を抱きかかえた。しなをつくる恵美が壮絶に色っぽい。

「おま……! 何するんだ」

 貴明が恵美を取り戻そうとすると、圭吾は笑った。

「馬鹿だな。お前、母親がさっきから見張ってるのに気づいてないのか? この女に手を出したりしたら社長の椅子は危ないぞ? 許嫁の居る身で他の女に手を出したらどうなるかわかるだろ」

 悔しそうに唇を噛み締める貴明を見ると、圭吾はふふんと笑う。

「助けてやったんだから、これくらいはいいよな?」

 貴明の目の前で、圭吾は恵美にキスをしたのだった。


 あの日以来、妙に監視が強くなったのは絶対に圭吾のせいだと貴明は思っていた。妻の麻理子を愛していないわけではないが、好きだった恵美にキス一つできなかった自分が貴明は悔しい。結婚報告の時は実は内心で泣いていた。

 自分の結婚式の時、圭吾はじっと恵美ばかりを見ていて、いらついてしかたがなかった。恵美に警告しようとしたら携帯の電源を切られ、家に電話をかけた時には全てが遅かった。

 恵美はあっさりと圭吾の手に落ちてしまったのだ。

 腹いせに社長職に就いたらいびってやると思っていたら、なんと佐藤グループの鳥宿支社を辞職し、新しい会社を興してぐんぐんと今伸びてきている最中である。

(くっそ、覚えてろよ! 叩き潰してやるからな絶対に!)

 物騒な事を考えている貴明だったが、見かけはしっかりと結婚式の招待客らしく拍手をして、明るい笑顔で振る舞っていたのだった……。


 結婚式の夜、恵美は新しい新居のマンションの部屋で、圭吾の腕の中で夜景を眺めている。
 今日は圭吾を驚かせるニュースがあるのだ。

「ねえ圭吾」
「何だ?」

 圭吾は恵美の右耳にキスを落とす。それをくすぐったく感じながら恵美はビッグニュースを話した。

「あのね、私、妊娠三ヶ月なの」
「本当か?」
「うん、昨日病院に行ったの。うれしい?」

 顔を赤らめて恵美は圭吾を見上げた。たまらなくなって圭吾は恵美の唇に荒々しくキスをする。暫くすると圭吾は唇を離してうれしそうに微笑んだ。

「うれしいに決まっているだろう?」
「ふふふ、うれしい」

 恵美は大好きな圭吾の胸の中で、幸せ一杯の吐息をつく。目の前のきらめく夜景を見て、自分もあのように光を放っているのだろうかと思う。小さな光の自分を圭吾は見つけてくれた。圭吾の光は大きくて誰よりも輝かしい。

「……圭吾、大好きよ……」

 ぎゅっと圭吾に抱きつくと、圭吾も言った。

「私も恵美を愛している。ずっと私の隣にいてくれ、私と共に……」
「うん……」

 大好きだ。
 愛している。

 恵美と圭吾は、煌めく夜景の向こうに、自分達の明日からの生活を夢見ていた。
 それは愛に溢れた素晴らしいものだろう。

 私はずっと貴方の隣にいるわ。  

 恵美はそう思いながら、やさしい目で見下ろしてくる圭吾に自分からキスをした。

 <終わり>

Posted by 斉藤 杏奈