ディフィールの銀の鏡 第44話
「何をそんなにぐったりしておるのだ?」
ジュリアスが言うように、万梨亜もテーレマコスが何だか疲れているのが気になった。夕飯を共にしたいから館に寄るように言ったのは、悪かっただろうかとかさえ思う。ジュリアスが果物を載せた皿を配りながら言った。
「何か、大臣やテセウスから無理難題でも言われたか?」
「いいえ我が君。陛下はずっと我が君を心配しておいででしたし、大部分の者達は万梨亜様の警護について真剣に話しておりました……」
と、言いながらもテーレマコスはなんだかふらふらしていて、今にもテーブルの上に並べられているスープの皿に顔を突っ込みそうな勢いである。万梨亜はドレッシングを混ぜそれぞれの小皿によそった。もう支度はこれで終わりだ。ジュリアスが一番上座で、垂直の方向に万梨亜が座る。そして一番下座のテーレマコスはジュリアスの真向かいに座っていた。
何故か、自分の席に着いた途端にジュリアスが、はあ……と額に手を当てた。
「そなたは阿呆か? いくら情報が欲しいからと言って淫魔と交わるなど……」
「我が君っ」
顔をトマトのように真っ赤にしたテーレマコスは、今にも失神して倒れそうなほど驚いている。万梨亜も驚いた。
「見たくも無いのに見えてしまった。そなたがあの女の事ばかり強く考えておるからこうなるのだ。強い思念は強力に外に向かって発信する。……まあよい、それで何を聞いたのか?」
「う……、はい」
テーレマコスがちらちらと万梨亜を見る。どうも淫魔と交わったのを知って、万梨亜の反応がどう変わるのか気になるようだ。しかし万梨亜は性交に対しておおっぴらに言えるほどはけてはいないので、テーレマコスには悪いが視線を合わすのが恥ずかしくてそっぽを向いてしまった。もちろんそれでテーレマコスはハッキリ傷ついたが、淫魔の誘惑に負けた自分なのでどうにもならない。暗い顔でテーレマコスは言った。
「リーオの暴行騒ぎはヘレネー王妃がやった事のようです。巫女の一人の飲み物に情欲を高める薬を入れたとか」
ジュリアスが目を細めた。
「なぜその淫魔がそんな事を知っているのだ?」
「ニケの知り合いの淫魔でルシカと言うのですが、この者の兄の体液をヘレネーが採ったのだと聞きました」
「体液?」
「はっきり申し上げますと、精液です」
「どうやってそんなものを採るのだ。淫魔どもはそんなものまで売り買いするのか?」
「強力なほれ薬と交換したとか」
万梨亜には仰天するような内容で、この場にいるのも恥ずかしい。なんとも生々しい話である。しかしジュリアスの表情には一片の変化もなかった。
「朝に見た夢とほぼ同じだな」
「え? じゃあ王子はすべてご存知で? そんな」
「だから阿呆だと言うのだ。まあ淫魔と楽しんで精力を搾り取られたゆえ、さぞスッキリ出来ただろう。老婆心から言ってやるが、そのルシカという淫魔はそなたにぞっこんだからもう離してくれぬと思うぞ」
テーレマコスは、椅子からひっくり返りそうなほど慌てた。
「そんなっ。なんとかしてください我が君っ」
「誘惑に負けたそなたが悪い。どのみち少なからずとも気があったのだろう? 良いではないか、正妻は他から取って淫魔は妾にしておけば良い」
「我が君がそんな事を申されるなど……」
「仕方ないではないか。貴族のそなたゆえ淫魔が妻では具合が悪かろうが。独身を貫くのは許してくれようが、さすがに淫魔が正妻となると一族が納得すまい」
ジュリアスは話しているうちに面倒くさくなって来たのか、スプーンを手にとってスープを飲み始めた。万梨亜はそういう話がとても苦手なため、会話が終了しても漂うなんとも言えない雰囲気が気まずかった。そしてテーレマコスのこちらをちらちら伺うような視線が嫌だ。一体彼はどう言って欲しいのだろうか。そんな二人を見てジュリアスが微笑した。
「なんだテーレマコス。万梨亜に気があるのか?」
「は……ひぃ?」
驚きすぎてテーレマコスは声が裏返っている。万梨亜はそんな彼を見るのは初めてでこちらにも驚いた。
「やれやれ。相当な手管を持った淫魔らしいな。日頃の落ち着いたそなたはどこへ行ったのやら。万梨亜、テーレマコスはそなたに嫌われやすまいかと心配しているようだ」
「いえ……私は、その」
頼むから二人ともじっと見ないで欲しいと万梨亜は思う。特にテーレマコスのすがる目が気になって仕方ない。多分クソ真面目な彼の事だから、汚らわしいもののように思われるのが犯罪者だと思われるくらいに辛いのだろう。
「そういう話が苦手なだけなので……。気になさらないでください」
「お后様」
「あの、軽蔑はしておりません。だって、あの、それは、同意の上でしょう?」
言うのも恥ずかしくて顔が勝手に赤らんでくる。
「はあ……まあ……」
「でしたら心配には及びません」
テーレマコスの顔があからさまにほっとしたものに変わった。これでなんとかこの雰囲気が払拭できると万梨亜もほっとした。それ以後はいつもの雰囲気に戻り、三人は穏やかな雰囲気の中で夕食を摂ったのだった。
しかし三人は知っていた。明日からこの穏やかさは消え、殺伐とした物悲しさと接していかねばならない事を。
深夜、ジュリアスと万梨亜は同じ寝台に臥していた。先ほどまで獣のように抱きあっていたのだが、のどが渇いた万梨亜が中断して水差しに入っている水を飲んでいる。
「……そなたは怖くは無いのか?」
「何をですか?」
「リーオへ行くのがだ」
寝台の壁際に背を預けたジュリアスに引き寄せられた万梨亜は、木のコップを持ったままジュリアスに凭れた。
「怖いですが、そうも言っていられません。皆が困っているのですから」
「余がずっと傍についてやれれば良いのだが」
「それは無理というもの。神の御子であるジュリアス様までいらしたら、カリスト女神を挑発してしまいましょう?」
「そうではない」
深いため息をジュリアスがついた。
「それは表向きの言い訳だ。実際は、余がこの女神に言い寄られているゆえ、神殿になど赴けば捕らわれてしまう。だから着いていけぬのだ」
「結局は挑発でございましょう?」
「そうだな。これは女神の気持ちを利用した誰かの策略だ」
「ですからそれは魔王とヘレネー王妃の……」
「違う」
突然万梨亜はジュリアスに組み敷かれた。木のコップはジュリアスが水が零れる前に取り上げて、さっと横のテーブルに置いた。濡れて熱いままの局部にまたジュリアスが埋没して来て、震えるような気持ち良さに万梨亜はジュリアスの首にしがみついた。
「はあ……っ……王子っ」
「時々名前を呼ばぬな、そなたは……」
抜かれそうになり、万梨亜はジュリアスのモノを追いかけて腰を揺らした。しかしジュリアスは意地悪げに目を光らせて万梨亜の腰を押さえつけ、先端ぎりぎりまで抜いて焦らす様に前後させた。
「……やあっ……は……どうしてっ」
「だから、名を呼べというのに」
「ジュリア……ス……王子っ」
「王子はいらぬ」
ついに先端が抜かれてしまい、代わりにジュリアスの指が入った。花洞の上側を擦られて痒みと痺れがぱっと広がった。
「あああっ……はっ……駄目、それ……ああ」
「名だけを呼べば入れてやる。まだ出立の朝までは時間がある……」
ぬるぬると擦られた上に、肉の芽までも指の爪で引っかかれると腰がしびれ秘唇が男を求めてうごめき、先ほどジュリアスが放ったものに混じって新たな蜜が流れた。
「先ほどあれほど余を咥えて離さなかったのに。まだ欲しがっている」
「意地の……悪いっ……あぁッ……もっ」
甘い刺激から逃れようとすると、今度は離されたジュリアスのモノが押し付けられて擦りつけられた。蜜と柔らかい肉の擦れがたまらない。ずり上がろうとしてシーツを掴んだ手はジュリアスに捕らえられ、口付けられたかと思うと人差し指が食まれ、そのまま舐められた。
「わか……わかりまし……ジュリアスっ……んっ……あ」
「しばらくは入れてやらぬ。そのまま聞け」
抱き上げられてジュリアスの膝の上で大きく足を広げられた。万梨亜の手ごと乳房を揉まれながら、ぐしょぐしょに濡れている局部を嬲る手に、万梨亜は狂いながら酔いしれた。
「余をいらぬと思っている神がいる……。それが今回の黒幕だ」
「やめ、やめ……ジュリアス! それ……やだ……」
局部にずぶりと入っている三本の指が、複雑に動いて万梨亜を追い詰めていく。いやらしい音が粘ついて聞こえ、ジュリアスの腕の中で万梨亜はもがいた。そんな万梨亜に含み笑いしながらジュリアスが続けた。
「そなたは人の身でありながら、天上界へ行く事になろう。そこで余を縛るものを断ち切ってきて欲しい……」
「縛……る?」
「余は、地上でテセウスと共に戦う。なに、遠く離れていても魔力の石は使えるし意志の疎通は出来る。ただ……相手にそれを知られてはならぬ。何故できるかという理由はそなたの為に話さない」
「あああ! ジュリアス……ううっ……」
真面目な話をしているのにジュリアスの愛撫は激しくなっていく一方で、万梨亜は聞き逃すまいと必死だった。乳房が乱暴に揉み潰されると痛みと甘いしびれが交差して、局部がジュリアスの指をぎゅっと締め上げてしまう。同時に万梨亜は達し、びくびくと身体を震わせてぐったりとした。
「万梨亜……」
再び万梨亜を寝かせたジュリアスが、青い炎を瞳に宿らせて再び万梨亜の左の乳房を掴んだ。魔力の石が反応して青く光り輝き始め、真っ暗な部屋を青い光で満たしていく……。
左手の指で何かを描きながら、ジュリアスがほとんど吐息のような声で唱えた。
「我、メトルの恵みに敬意を捧げる。この望み疾く叶えたまえ……」
青い光に黄金の光が交じり合った。ジュリアスはその光の中で自分のモノを挿入して万梨亜を抱きしめる。
「ジュリ……、あ……っあ、動いて……」
「ふ……万梨亜は貪欲な女子だな。こんなに余を離さぬとは」
「……ああっ……あ……や……っ! んっ」
ぐっと腰をさらに押し込み、ジュリアスが激しく万梨亜をせめ始めた。髪を振り乱す万梨亜に口付けながら、ジュリアスは容赦なくさらにせめ立てて行く。やがて青い光は消えて黄金の光のみになったが、目を固く閉じている万梨亜には色の違いなどわからない。ジュリアスの動きに翻弄されて、淫らな歓びに震えてよがって泣くだけだった。