平凡非凡ボンボボン 第02話
「君さー、柳沢先輩の一体何なの?」
部室の掃除をしていた僕は、せっかく綺麗にした床にバケツの汚ねぇ水をぶちまけられられ、何しやがるんだこいつと睨んだ。うちの部室はかなり広いから大変なんだぞ!
「主将は主将。僕はただのマネージャーですが」
「へーえ。うそつきだね、無害な顔してさ」
「はあ?」
そいつのネクタイは緑色に黒の縞で僕と同じ一年生だとわかっていたから、僕は思いっきり不機嫌な声で聞き返した。ちなみに二年は赤に黒、三年は青に黒だ。そいつは僕の返答が気に入らなかったらしく、びちゃびちゃと汚水が広がっている床の上を歩いてきた。あ! せっかく拭いたところに足跡までつけやがって!
「僕が誰だかわかって言ってるの?」
「知らないよ。あんた三組じゃないでしょ?」
するとそいつは鼻で笑って腕組みをした。
「そりゃあ一組だからね。でも僕を知らないのは許せないな」
なんだ、ただの自意識過剰馬鹿か。うちの学校は親の資産順、生徒の成績順にクラスが決められているため、一組はいかにも勉強できますーってタイプがうようよしていて、お互いをライバル視するか崇拝するかどっちかだと聞いている。この態度から見ると、おそらくこいつは崇拝され慣れているんだろう。あーやだやだ、僕は平凡がいいんだ、ヘボニャーなんだ、金持ち&成績がいい奴は平凡じゃないから近づいてくるんじゃない。
「とーにかーく、僕は部活中で忙しいんだから邪魔しないでくださーい。一組のエリートさんは家に帰って勉強でもしててください」
「お前、僕を馬鹿にしてるだろ。三組の癖に」
「そっちだって馬鹿にしてるじゃん。福沢諭吉さんよりあんた立派なわけ?」
「んなっ」
なにやらどもっている。思ったより素直で自分がわかっているやつらしい。よく見るとそいつはとても綺麗な顔立ちで女みたいだ。
「正直な話、一万円札と貴方並べてどっちと一緒に過ごす? って聞かれたら、街中だったら一万円札選ぶ人多いかもよ。金持ちにはわかんないと思うけど一般庶民には福沢さん大人気だからね」
するとなんでかわかんないけどそいつは立ち直り、ふんっとまた鼻で笑った。
「なるほどね。精神的にも頭脳的にも資産的にも貧困な三組の奴が言いそうな事だ。金のほうが大事だなんて可哀相だねー。世の中は愛のほうが尊いってのに」
「いばりんぼのエゴ人間より、金を取るのは当然だと思いますけど」
「なんだとおおおっ」
やっぱりこいつ単純だ。暇ならもっと構って遊びたいところだけど、あいにく仕事が増えた僕は暇じゃない。でも相手は本格的に怒ったらしく、さらに子犬みたいにきゃんきゃん吠え出した。あー……うるさいっ、もう勘弁してよ。だから非凡に目をつけられるとやっかいなんだー。
この学校はもともとは金持ちボンボンの私立だ。それはわかってたけど、世間を知るためにとか言うわけのわかんない理事長のおじさんの方針で、どの学年も一クラスだけ庶民クラスというものがある。それが三組だ。一学年たった三クラスしかない超難関校なのでそりゃあ狭き門だ。箔をつけたい連中がすんごい勢いで押しかけるからなあ。そんな中で僕は補欠入学しただけの場違い人間なんだけど……。とにかく金持ちで頭脳だけは優れてる連中とは関わり合いになりたくない。僕は平凡だから諍いに巻き込まれるなんてなかったのになあ。そういや主将って二組だったな、なんでだ? 三年は世界級の金持ちが多いのか?
「こらあ。一人で妄想入るな! 僕を無視してんじゃない」
となりで怒ってる奴を誰か連れてってくんないかなー。もうすぐ皆休憩に入るだろうし、マネージャーの仕事が待ってるし……、でも誰も来ない……となると。僕はきゃんきゃんうるさい奴をちらっと見た。
「やっとこっち見たか!」
「見ました、じゃあこれ」
僕はそいつにおろしたての真っ白な雑巾を突き出した。へ? とそいつは目をまん丸にしている。でっかい目だなあ……睫長いし。
「本当にお前が優れてるって言うんなら、僕よりここを綺麗にできるはずですよね」
「この僕に雑巾がけをしろって言うのかお前は!」
さすがボンボン。そういや三組以外は掃除は専門の掃除夫さんがやるんだよね。多分家でも使用人のおばさんとかがいてやった事ないんだろう。ったくブルジョワめ。(フランス語を習いたてなのでセレブよりブルジョワと言いたかった。えへ)
「だって、一組の人は皆優秀なんでしょ? だったら掃除の腕前も一流でないと笑われるんじゃないの?」
「うっ」
怯んだところでさらに僕は畳み込んだ。あーやばい。マジで時間ない。
「じゃあどっちが早く綺麗にできるか競争です。では、用意……開始っ!」
やはり単純だったそいつは、猛烈な勢いで雑巾がけを始めた。僕も言いだしっぺだから負けられないってか勝つに決まってるんだけど。と思いながら雑巾を絞って拭いて絞って拭いてを繰り返した。そんでもってちらっと見てびっくりした。何だこいつ? 男の癖に宝塚でも目指してんのか? すげえ鮮やかな手つき拭いてやがるぞ。家で猛特訓でもしてんのかああっ!? 僕に勝る勢いで、そいつはたちまちのうちに汚い床を綺麗にしやがった。最後に雑巾を絞ったのは僕で、バケツから顔を上げると、えらい満足げな笑みが降ってきた。
「どうだ? 僕が本気になればこんなもんだよ」
「はあ……御見それしました」
いやまじで。と心の中で付け加え、僕は雑巾とバケツをよっこらせっと手に持った。体育館のほうから休憩開始のホイッスルの音がする。そいつを置いていこうとするとそいつは僕の腕をはっしと握った。
「待て! 逃げる気か!」
「勘弁しろよ。僕はマネージャーだっつーの」
「言い逃れしようとはいい度胸だ。来いっ」
「離してよぉっ」
ガッチャンとバケツが床に落ち、僕はそいつに背後から抱きかかえられるようにして引き止められ、体育館へ行こうとする僕とそいつは揉みくちゃになった。げっ! こいつ武道でもやってんの? 振りほどけないよーっ。
「篠原! もう休憩に入ったのに……っ!」
そこへ唐突に部室に入ってきたのは主将だった。今日の休憩中は付きっ切りで世話しないといやらしい事をやっちゃうよと脅していたのに、僕が来ないもんだから探しに来たんだろう。しかし、間が悪すぎる。主将の目には僕とこいつが揉みくちゃになって抱き合ってる(ように見える)から、リニアモーターカーみたいな勢いで突進してきて、すんげえ馬鹿力でそいつと僕を引き離した。
「いい度胸だな! 神聖なる部室で淫行に及ぼうとするとは」
主将。あんたさっき部活前に着替えてる僕に、淫行に及ぼうとしたの忘れたの!? でも女みたいなそいつは、顔面を蒼白にしてがたがたと震えだした。そりゃ怖いよね……鬼の柳沢だもん。
「ぼ、僕は掃除をしていただけで」
苦しい言い訳だけど確かにしたね。うん。でも部外者が掃除なんて怪しさ満載だし、さっきの僕達の状況では確実にそれは苦しすぎる。
「お前、一年一組の綾小路麗(あやのこうじ れい)か」
顔も凄いけど名前も凄い。でも何故か綾小路は顔をほんのり赤くさせた。すこぶる美少年って奴? 怒られてるのになんでそんなにうれしそうなんだろう。
「俺の遊に手を出したらどうなるかわかってんのか? ああ?」
「おれの……ゆう?」
誰が俺の遊だよおおおおおっ。と突っ込もうとする僕の横で、綾小路は今度は顔を真っ白にさせた。理科の実験なんかしてる場合じゃないぞ、お前っ。
「主将っ。そういう人の誤解を呼ぶようなの言わないでくださいっ」
「ああ? 何言ってるんだ。いい広めておかないとお前にまた変な虫がつくだろう?」
「僕はこのまんまでいたら付きません。とにかく僕は絶対に主将とはつきあいませんからね」
「またまたー。お前、この間の車の中でのキスの誓いを忘れたのか?」
にやにや笑いながら言った主将に、綾小路は聞き捨てならないというふうに顔を強張らせた。主将は妙なエロボイスで言った。
「誓ったよな? 俺の腕の中で可愛らしく頬染めて言ったよな」
「う……あれは家に帰りたかったからで……」
「ほーお。じゃあお前は今夜俺の家に来て熱い夜を過ごしたいってわけか」
「んなっ」
「執事に言っておくよ。とっておきのおやつ用意するように。お前、好きだろう? アーモンドタルト」
「うううっ……それは」
主将は綾小路が僕を殺さんばかりに睨みつけているのに、僕の頬にキスをしてあろうことか体操服の上から尻を撫で回し始めた。うぎゃああっ、何すんだよ公開プレイか! それなのに素直な僕の身体はそれだけで熱を帯びてイケナイあそこが固くなって。うわあああんっ。静まれ! 静まるんだ僕のヘボニャーボディよっ!!!
「はあ……っ、や、あんっ」
「いい身体してるよな、遊はすっかり俺に馴染んじゃって」
べろんと首筋を舐められたうえ、弱点の胸の先を体操服の上から摘まれて、僕は腰が砕けてしまった。駄目ーっ、こんな、こんな、感じてる場合ではない! 綾小路がこのままでは完全に誤解する。でも息があがっていくのも気持ちいいってなるのも止められないようっ。
「この数日で遊は俺の虜なんだよな?」
「あ、あ……ちが。ひゃああっ」
両方の胸の先をぐりぐりと押しつぶされた僕は、情けない事にそこで達してしまった。がくがく震えて力が入らない僕を、主将がまたさわさわと撫で回し始める。勘弁してくれ本当に。でも僕の口から出るのは情けない喘ぎ声ばかりで……、男の癖に喘いでるなんてキモチワルイってのに。はあんっ……そこは触らないで。またイっちゃうよお。
「う……そだ」
よろめいた綾小路が壁に背中をつくのが視界の隅に見えた。綾小路、見てないで、主将が好きならこの人の暴走を止めてくれよぉー。あー……、でも、すんごく気持ちいい。僕のもの直接触ってくれないかな。
「僕は信じないからなっ!! 覚えとけよ篠原遊!!!!」
きゃうううううんっってな感じで綾小路は声任せに怒鳴り、何故か主将を止める事もせずに部室からドタドタと走り去っていった。なんなんだあいつ。非凡ってわけわかんね。不潔とか普通思わない? ここ共学なんだしさ……。
「可愛いなあ遊」
「ん……」
ずるずると床に座り込んだ僕達は、そのまんまそこで激しい口づけをした。ちゅうちゅうと吸いあって舐めあってるなんて卑猥だ。神聖な部室なのに。とことんいやらしい行為に弱い僕はもう理性がぶっとんでいて、主将の思い通りに振舞ってしまう。意地悪な主将の膝が僕の股間をぐいっと押したせいで、僕はまたそれで一人で達してしまってビュクビュクと白濁を出してしまう。ああ、ぐっちょぐちょになってる……どーやって帰ろう。
ぐったりしている僕を抱えながら、主将は携帯を取り出した。
「あ、赤田? 悪いけど遊を家まで送ってやってくんない? そーそ、部室まで来て」
それだけ言ってぴっと通話を切り、主将が言った。
「お邪魔虫は退治したから、赤田が来るまでゆっくりしてろ。部活は具合が悪くなったから早退にしといてやるから」
「は……い」
僕は不謹慎にも部室の壁に凭れて、疼いてたまらない身体をまた主将に弄ばれてしまった。ああ、ヘボニャー生活が淫乱生活になっちゃったよー……。