天使のマスカレイド番外編 将貴の過去 第08話(完結)

 何度目かの電話の音で将貴は目覚めた。時計は午後の10時を指していた。何故か出る気になった将貴は懐かしい名前を耳にした。音声アプリで返事をして、フロントまで降りた。そこには記憶の中の彼女より大人びた朝子が立っていた。将貴を見るなり、朝子はにっこりとあの明るい笑みを浮かべる。

「東京に友達と遊びに来てたの。お屋敷にずうずうしいかと思って訪問させていただいたら、お母様からこちらだって伺って……。あの、迷惑だったかな?」

 将貴は紙に『とんでもない会いたかったよ』と書き、朝子を驚かせた。朝子は失声症になったのを知らなかったらしい。将貴が自分の部屋に行こうかというと、朝子は一瞬戸惑った表情を浮かべたがすぐにうなずいた。部屋に入ると朝子が食事がまだなのがわかり、将貴は二人分のルームサービスを頼んだ。食事が終わった後、デザートを食べながら朝子が将貴に言った。

「戻って来てと言いたいけど……無理なのよね?」

 将貴は黙って頷いた。

「皆戻ってきて欲しいって言ってる。あの陽輔すらもっと話をしたりけんかしたら良かったとか言ってた。陽輔が帰ってきてすぐに連れ戻されたのだものね」

『陽輔と仲良くなった?』

「……前よりはね」

 朝子はしぶしぶという感じで微笑む。よかったと将貴は思った。さらに紙に書こうとする将貴の手首を向かい側の朝子が止めた。あの柔らかな誘惑だ。将貴は自分の中の男にぎくりとして脅える。

「私、本当は将貴さんを連れ戻すつもりで東京に来たの。でも、あんなに大きな御屋敷の御曹司とは思わなかった。だから諦める……」

 心が春の陽だまりのように温まる。自分を一途に想ってくれる朝子がうれしい。そんなふうに想ってくれる人間がいるという事実が、将貴に微笑を浮かべさせた。しかし次の朝子の言葉にそれは消えた。

「……お父さんが昨年死んだの」

 将貴は眼を瞠った。朝子のつぶらな小さな瞳から涙がぼろぼろとこぼれて落ちる。

「父子家庭だったから私、お父さん以外に家族を知らないの。だから寂しくて寂しくて、本当は将貴さんのためなんかじゃなくて、自分の為に将貴さんを連れ戻そうとしたの。将貴さんが居てくれたらきっと私、元の私に戻れるって。酷い人間でしょ私って」

 涙を拭きながらあやまる朝子に、将貴は首を横に振る。そして紙に書いた。

『陽輔がいるよ。皆もいる』

「わかってるよ。でも私が好きなのは将貴さんなの。陽輔も好きだよ。でも恋人になりたいと思うのは将貴さんなの」

『多分、それはお兄さんのように思って────』

 最後まで将貴は書けなかった。椅子を立って将貴に抱きついた朝子にキスをされる。涙を零しながら朝子が将貴に縋った。

「お願い。わがまま聞いて。今日だけ将貴さんの恋人になりたい。今日だけなってくれたら、妹みたいに思ってる朝子に戻るから」

 どうやって諦めさせようかと将貴は思ったが、朝子は将貴にしがみついて離れない。将貴も若い男なので心が動いてしまう。ましてや今日は……。

「将貴さんの弟さんに会った。今日……結納の日だったんでしょ。大好きな美留さんの」

『…………』

「私を美留さんだと思ってくれていいの。あんなに綺麗じゃないけど、私っ……!」

 ずくりとおなかの奥底が妖しく疼いた。美留の名前を出されて、我慢していた切なさや悔しさや行き場のない感情が一気に溢れ出る。駄目だ朝子は陽輔と恋人になる女なのに。でも朝子から立ち上る誘惑が容易に将貴を絡め取っていく。気付いたら将貴は、あんなに自分を戒めていたのに自分から朝子に唇を重ねていた。

「ふ……っう……ん」

 卑怯だと思うし情けないと思う。行き場がなくマグマのようにたぎっていた思いを朝子にぶつける形になった。今夜だけは我慢できない。どうしたって苦しくて寂しくてたまらないのだ。

 今の将貴には何もない。夢だった社長職も、愛していた女も皆本当に目の前から確実に消えた。一体自分は何のために生きているのだろう。両親から心配されるためなのか、周囲に馬鹿にされるためなのか、それとも弟の引き立て役になるためなのか──!

 人の体温が欲しい。朝子をそのまま抱き上げて奥のベッドに押し倒した将貴が唇を離すと、ぼうっとして顔を赤くして将貴を見上げる朝子の頬に涙が宝石のようにきらめいている。

『……本当にいいの?』

 唇の動きだけで朝子はわかったらしい。黙って頷いた。朝子も将貴も異性の身体を知らない。顔と同じで朝子は綺麗な白い肌をしており、その上に覆いかぶさって彼女の首筋に顔を埋めた将貴は花園に居るのかと思った。こんなにいい匂いは他に知らない。吸い付くと赤い跡がついて、淫靡に白い肌に浮かび上がった。そっと柔らかなふくらみを握ると、朝子がうれしそうに息をついた。固くなった胸先にたまらなくなって舌を這わせて、朝子を歓ばせる事に将貴は腐心した。悩ましげに動く腰を何度も撫でて足を広げてそこへ体を割り込ませ、豊かな蜜の溢れている部分を指で撫で上げる。

「やぁ……ん!」

 可愛い声に将貴は夢中になって、そこを撫で回してはぽんぽんと指でノックし、いやらしく蜜を混ぜ返して新たな蜜を零すようにと震える乳房を吸った。

「あ、あっ」

 懸命についてくる朝子が愛おしい。将貴は濡れて熱くなっている秘唇へ指を一本静かに沈めた。痛そうに顔を歪めた朝子を配慮してゆっくりとならしてほぐしていく。固くなって張り詰めている肉芽へ顔を近づけて舐めると、朝子の腰が跳ね上がった。声をまだ我慢している。つつましいというより強情だなとおかしくなり、何度も何度も舐めて吸い上げた。

「んんっ……あっ……はぁっ……ん……んっ」

 指を二本に増やしてかき混ぜる。充血した女そのものの部分に将貴の物も固く立ち上がって痛いほどだ。我慢しきれなくて思わずそれを朝子のそこへ擦りつけた。

「あつい……んんんっ」

 性に豊かなのか、朝子が身体を細かく震わせる。気持ちいいのだろう。何度も何度も滑る蜜を利用して擦り続ける、朝子はやがて身体を大きく弓なりにそらせてイった。びくんびくんと震える身体を抱きしめたまま、将貴は出しそうになる自分を堪えた。そう言えばゴムがない。将貴の言いたい事がわかったのか朝子が言った。

「たった一回で妊娠できたら、お嫁さんに迎えに来て」

『……朝子』

「なんて言わない。私、生理不順だからピルをずっと飲んでるの。だから気にしなくていいよ」

 朝子は嘘は言わない。将貴はいじらしく言う朝子に口付けをし、慎重に朝子に自分のものを入れていった。朝子が痛みに耐えて唇を噛み血が出ているので、将貴は自分の肩に朝子の口を当てた。自分を噛めと言うのだ。朝子の痛みに比べたらはるかに楽なはずだった。やがてかすかな衝撃のあとにすべて収まった。朝子が将貴をぎゅうっと抱きしめ、泣きながら笑った。

「うれしい…」

 それに将貴は何と応えたらいいのかわからなかった。ただ黙って本能のままに腰を動かした。朝子は痛いだろうに何も言わず、将貴を受け入れて細い腰に足を絡ませる。初めて知る女のそこは想像以上に熱く、蕩けるように包み込まれて、甘美な痺れが腰を麻痺させる。直ぐに元の形に戻る乳房はとても柔らかく、どれだけ弄ってもピンと胸の先をたたせる。吸い付いて舐めると朝子が喜びの声をあげる。

 程なくして将貴が中に出すと、朝子も同時に果てた。二人とも異常に汗をかいていて暑い。ゆっくりと将貴が己のものを抜くと、破瓜の血が白いものと混ざって出てくる。将貴は枕元においてあるティッシュで丁寧に拭った。そしてまた泣き始めた朝子をそっと横倒しで抱きしめた。

「ありがとう……ありがとう将貴さん」

 朝子は今ようやく将貴を諦められるのだろう。それがはっきりとわかった。朝子には陽輔がいる。彼へきちんと振り向くために必要な行動だったのだ。将貴が唇を重ねるとうれしそうに泣きながら笑った。

「将貴さんの緑色の目が……好き」

 朝子が将貴の睫毛に触れた。

「緑色になる時ってドキドキしている時でしょ? たまに私を相手にしていて変わると、私の事を気にしてくれてるんだってうれしかった」

『…………』

「将貴さんは嫌いみたいだけど、私は好き。美留さんは振り向いてくれなかったみたいだけど、絶対に好きって人が現れると思う……」

 将貴は寂しそうに眼を伏せてそれを否定した。

「うちの旅館の皆は不気味がってなかった。そんなふうに意地悪を言うのは御屋敷の人だけだと思うよ。絶対にいるよ。いいな、将貴さんに愛される人になりたかったな……」

 それを朝子が望んでいると知っていたから、黙ったまま将貴は再び朝子の乳房に手を伸ばした。朝子は恥ずかしそうにはにかんで、将貴に抱きつく。次の日の朝になるまで二人は何度も抱き合った。そして二人同時にチェックアウトして、将貴が降りる新大阪まで手を握り合って隣同士に座った。話す事はたくさんあった。わずか数時間ではとても足りない。

 新大阪で降りた将貴は、ドアの横に立っている朝子に言った。

『俺が初めて抱いたのは稲田朝子だよ。一生忘れない』

 みるみる朝子の双眸に涙が溢れた。それを優しく拭って、周囲の視線を気にせずに頬に口づける。涙を流しながらも自分を見つめる朝子に将貴は微笑む。

『陽輔と仲良くしろよ。あいつは待ってるんだ、ずっと朝子だけをさ』

「うん……」

 朝子の気持ちにけりをつけさせるために、将貴の元へ陽輔は彼女をおくったのではないのだろうか。ドアが閉まり走り去っていく新幹線を眺めながら、それは限りなく真実である事を将貴は悟っていた。また、同時に少年時代の自分への決別でもあった。

『……さようなら』

 そう告げたのは誰に対してなのか。当の将貴だけが知る。

 新幹線が走り去って行った後を風が追いかけていく。未来へ向かって風は吹き続けているのだった。

【天使のマスカレイド 番外編 将貴の過去 終わり】

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