あらすじ かさねは誘拐されて宇治の河原に捨てられているところを、都で屈指の呪力を誇る陰陽師、安倍彰親に拾われた。記憶を無くしていたかさねを彰親は優しく扱ってくれたが、蘇らせたのは、前世からかさねを追いかけている公卿の藤原躬恒で、かさねにとって逢いたくない男だった。望みを叶える能力を持つかさねをの願いを叶えられるのは、彰親と躬恒、どちらなのだろうか。
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かさね 20歳 家族に捨てられ、すべての記憶を失っている姫君安倍彰親(あべのあきちか) 29歳 陰陽頭 素晴らしい力を持ちとても優しいが、とらえどころのない心の持ち主小桃 年齢不詳 桃の木の精疾風 年齢不詳 猫又の妖藤原躬恒(ふじはらのみつ ...

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 宇治はさぞ暑かろうと思っていた彰親の予想は当たっていて、道中、車の中で蒸しあがりそうだと思いながら、何度も扇を仰ぎ続けている。前も後ろも簾を取っ払ってしまいたい。しかしそれはいかにも田舎貴族のやることで、品がなく、さすがに実行に移すことは ...

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 二人の幼い若君と姫君が遊んでいる。棒切れを持って庭に字とも絵とも取れないものを書き、石を置いている。 何ともなしに御簾越しに見ていると、若君がこちらを棒で指した。「あちらには妖がいるから行ってはいけないよ」「妖ってなあに?」「人に悪いこと ...

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 中宮のお住まいになっている弘徽殿に赴いた彰親は、女房の一人に御簾内に招き入れられた。侍従という通り名で、彰親より二つばかり年上の彼女は、結婚して夫がいるにも関わらず宮仕えしている。子は二人いるが、里で養育させているらしい。彼女の夫の丹波の ...

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 紅葉が深くなる頃、楓の子供はだいぶ大きくなり、最近は頻繁にひっくり返ってうつぶせになるようになった。すぐに頭が重くなって畳に顔を擦りつけて、うーうーと唸っているのが何ともかわいい。表情も出てきて笑顔に心が癒やされる。本当の自分の子供はどう ...

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 彰親がようやく唱えるのを止めた。 しばらく二人はそのままだった。 静寂を破ったのはかさねだ。「私じゃない私が……出てました」「そうですね。しかも人間ではありませんでした」 彰親の声は、優しい風を吹かせていると思えないほど冷たい。感情という ...

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  かさねが桜花殿に入った頃に初雪があり、屋敷の庭が風情のある美しい化粧をしたと思ったのは、7日ほど前の話だ。最初は何もかもが物珍しくてうきうきしていたが、来る日も来る日も降る雪に流石に風情どころではなくなってきて、今では陽射しが恋しくてた ...

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 「なかなか炙り出せないものですね」 彰親は、降り続ける雪を御簾内から眺めながら、ふうとため息をついた。 しつこく監視する嫌な視線を全く感じなくなり、かといって消えたかというとそうでもない。彰親の屋敷は相変わらず得体のしれない妖が飛び回って ...

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「かさね、気づきましたか?」 彰親の声に、自分はいつの間に寝ていたのかと思いながら目を開けたかさねは、とても間近に彰親の顔があって飛び上がりそうなほど驚いた。これは膝枕というものではないだろうか。慌てて起き上がろうとしてくらくらとし、慌てな ...

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「ねえねえ。どうだった?」 翌日、早速、かさねの局にやってきた紅梅の君が、目を輝かせながら聞いてきた。 かさねは裁縫道具の箱を置いて、縫う予定の布を広げた。「どうとは?」「嫌ね。彰親様よ」 針に糸を通しながら、かさねは言った。玉止めを確かめ ...

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 蜜月とも言うべき日々を送っていたかさねと躬恒は、ある秋の朝、二人の人間が山へ入ってきたのを探知した。いつもなら里の人間が狩りや山菜などを取りに来ることなど気にもとめなかったのだが、わざわざ見に行ったのは、二人が初めて見かける貴族の少年だっ ...

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 それから数日が経った。躬恒からは何の連絡もない。なんとなく空気が荒れている気配がする。かさねの使った力で躬恒が妖の王になったため、他の妖の反発があるのだろう。躬恒の兄を筆頭に、あらたな戦が起こっているのかもしれない。手下の疾風と小桃は相変 ...

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「実は、躬恒を王にした直後、かさねはその場で倒れてしまい、気がついたら数日後の朝だった。誰も側に居らず、一体どうやって自分の寝台へ戻ったのかも覚えていない。「気とは命そのものです。そう簡単に渡すものではありませんよ。誰にも教わらなかったので ...

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 かさねが見ている前で彰親が吹き飛び、外で生い茂っている木々の中に突っ込んだ。バキバキと木が折れる音がして、かさねは悲鳴を上げた。躬恒は容赦ないようで、いくつもの石や岩などを空中に浮かせると、彰親が倒れていると思われるところへ突き込んでいく ...

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 我が娘が男児を孕むように。 憎いあの女を不幸に突き落としたい。 今度の除目で上国の国司になりたい。 唸るほどの財宝が欲しい。 あの姫が欲しい。なのにあやつが邪魔をして、なんとか排除したいが……。 幸せそうにしているあの男を病気にして苦しま ...

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 話は今の代へ戻る。  それから数日が過ぎて、年の瀬も迫った夕暮れのひととき、かさねは一人局の中で過ごしていた。紅梅の君は恋人が来るらしい。 楽しい交際をしている彼女を見るたびに、こういう恋をしてみたかったとかさねは思わずにはいられない。  ...

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 やがて新年を迎えた。 朔日は皆で新年を祝い、それはそれはにぎやかだった。仲睦まじい惇長夫婦と正妻である珠子が懐妊中であることも手伝って、新たな春へ期待に誰もがうきうきしている。 もう一つめでたいことがあった。紅梅の君が結婚したのだ。それに ...

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 あの方は、今宵もおいでにならない……。 女は几帳に囲まれた暗い室内で、長い髪を数本口の端に噛みながら悔しそうに顔を歪める。 こんなにも愛しているのに、あの方は何も返してくださらない。 最初はそれでも良いと思っていた。いつかきっと、この想い ...

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「この御守を持っていてください」 彰親は、丈夫な白の紙に包まれたそれを、かさねの手に握らせた。「殿?」「いいですかかさね。貴女はきっと、先の世でのあれこれの過ちを気に病んでいるのでしょう? そして今こんなに辛いのはその償いだと思っているので ...

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ちらちらと振っていた雪は本降りになり、やがて嵐に変わっていった。 ごうと吹雪いて雪が格子や壁を叩き、燈台の火は隙間風を受けて大きく揺れめいている。 彰親は、かさねの局で小桃の治療をしていた。 小桃は侍従の式神の大鷲の鋭利な嘴と足の爪に背中を ...