愛する人は、いつも自分とは違う世界に住んでいる人。夫と死に別れて二人の子供を育てている恵美は、亡き恋人に心を捧げたまま一生を終えたいと思っていた。しかし、亡き恋人とそっくりな男が現れ、また、ゆかりの男性の兄に愛を告げられ、否応もなしに再び激情の世界へ引きずり込まれていく……。※ヒーロー、ヒロインと共に複数と関係を持ちます。また、ヒーローはバイで、男性同士の性描写がありますが、あくまで男女での恋愛が中心です。
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小山内恵美 29歳 恋人の圭吾と死別した後、小山内正人と結婚するが彼とも死別する。今は子供二人と佐藤邸に暮らしている。石川雅明  29歳 画家。恵美に求愛している。もう一つの名がアウグスト・ヨーゼフ。仙崎奏   29歳 圭吾の弟。ホテルを経 ...

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 昼食を作り終え、恵美は外で遊んでいる子供を呼んだ。 長女で小学生の美雪(みゆき)からはすぐに返事が返ってきたが、五歳の長男の穂高(ほたか)の声が聞こえない。庭に面した和室から縁側に出てみると、前の道路で、ボール遊びを一人でしている声がする ...

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 それから一週間ほど過ぎた日曜日、朝、恵美と子供たちがのんびり過ごしているところへ、雅明から電話がかかってきた。「今日、貴明の婚約者つれて行くから」 本当に連れてこようとしているとは思っていなかった恵美は、心底驚いた。「ええ? 困りますよ! ...

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 正人のお墓に手を合わせる貴明を、恵美は申し訳ない気持ちで見ていた。 季節はずれの墓地に人影はなく、今にも雨が降りそうな湿気を含んだ風が、線香の煙を流していく。 二人きりだった。雅明も子供たちも、貴明のフィアンセの麻理子も家にいる。しかし、 ...

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 恵美は客間へ入った。子供たちがついて来たが、麻理子を不安にさせているようなので出て行ってもらう。 目覚めた麻理子は、ばつが悪そうに目をさまよわせている。そんな思いをさせているのは恵美だった。(でもどうにもならないわ……。事実は事実なのだか ...

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 佐藤邸で居候生活に慣れ始めた頃、とんでもない噂を恵美は耳にした。 それは佐藤邸へ来た時から流れていたらしいのだが、恵美は部屋からほとんど出ないため、その噂を知らなかった。 麻理子は貴明の婚約者であり、また最年長のメイドとして後輩の指導に中 ...

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 眠れない恵美は、圭吾のスーツを胸に抱えてベンチに座り、ぼんやりとしていた。 いや、ぼんやりとしているふりをしていた。少しでも気を許すと、雅明が心の中に入り込んできてしまって、かき乱されてしまうのだ。 佐藤邸の深夜の庭は、ぽつぽつと防犯のた ...

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 それから数日、麻理子も貴明も雅明も部屋に来なかった。恵美は、結婚式の準備が忙しいのだろうと思い、特に気にしていなかった。子供たちは恵美の側にべったりと張り付いて楽しそうだったし、周囲はそれを咎めることも無く、もう家族同然だから当たり前だと ...

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 恵美は、飛行機の中でひどい頭痛に耐えていた。飛んでいるのはもうギリシャの上空で、機内アナウンスが着陸に備えてベルトを締めるように放送している。 エールフランス航空の旅客機で、東京からフランスのパリまで飛んで一泊し、パリのシャルル・ド・ゴー ...

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 異国の気に包まれて起きた恵美は、深く深呼吸した。(そうだ……ギリシャにいるんだった) ベッドから降りて、室内スリッパを履いてカーテンを開けると、はるか向こうにパルテノン神殿が見えた。 良く晴れている。絶好の観光日和だ。 着替えて隣のリビン ...

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 ──ごめんね、正人。ごめん……私は。 ──いいよわかってる。だからそんな顔するな。俺はお前の事ならなんだってわかってるんだから。 ──……私、どうしても圭吾が忘れられないの。 何度も何度も繰り返された光景。夢の中で恵美は正人に謝り続ける。 ...

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 夕闇の中を、途切れることなく走っている車が、歩道を歩いている二人をライトで次々照らしていく。あんなにいた観光客は別の地区へ移動してしまったのか、ぽつぽつとところどころに見かけるだけだ。 恵美は雅明におとなしく手をつながれていた。 雅明はか ...

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 次の日の朝、恵美は雅明の腕の中で目覚めた。カーテンの色が浮き上がって明るい。今日もいい天気になりそうだ。 目の前で雅明がすやすや眠っていた。銀色の長め前髪が顔にかかり、繊細で神秘的な美しさだ。(癒す女……か) 私は何も持っていないのに、と ...

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 ひとしきり泣いて恵美は圭吾を見上げた。「どうして今まで姿を隠してたの? ひどいわ」 子供のように拗ねる恵美に、圭吾は申し訳なさそうに笑い、そっと恵美の腕を解いた。「すみません。私は圭吾ではありません。<ruby><rb ...

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 関係者以外立ち入り禁止というプレートが下がっている廊下へ、奏は眠った恵美を横抱きにしてずんずんと進んでいく。後ろからアネモネが追いかけていた。「メグミに何をするつもり?」「物騒な。何もしません」「眠らせておくだけという話のはずだわ」「私も ...

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 眠っている恵美の隣で朝六時ぴったりに、雅明は佐藤グループ独自の通信を開始した。通話だと盗聴されるためだ。この通信は、管轄している佐藤グループの第二情報部と会長のナタリー、社長の貴明しか使用が許されておらず、相手がシュレーゲルであっても法的 ...

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 ギリシャからドイツまで飛行機を使い、シュレーゲルへ戻る車の中で、雅明は氷のような表情を崩さなかった。 身体中で自分を拒絶する雅明を見て、隣のエリザベートは満足そうに言う。「佐藤貴明が日本で残念ね。彼が一緒にいたら、恵美を奏などに渡さないん ...

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 午後をだいぶ回った頃、恵美たちはアテネへ帰ってきた。 たくさん居る観光客、ずっと車が途絶えない道路、排気ガス、それでも神話を感じさせるそこかしこの建造物、何も変わっていない。 わずか数日の滞在だったのに妙に懐かしい。 恵美はホテルを自分で ...

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「圭吾は捨て子だったと言っていました」 奏は頷いた「ええ……、実際母が捨てたようなものです。だいぶ経ってから兄を探し出して、引き取ろうとしたそうですが、兄が拒否したと聞いています。当然です。自分を捨てた母を許せるわけがない」 神殿の敷地内に ...

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 シュレーゲルという地名は、三百年ほど前からこの地を支配した、貴族の名に由来する。 三方を山、残る一方を大河という天然の要塞を持っているこの街は、古来から人々が住み着き、命の営みを続けてきた。第一次世界大戦敗戦後、ドイツは貴族制度が廃止され ...

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 夕闇に染まりゆくシュレーゲルの館の庭で、雅明は過去を思い出していた。 ドイツ語を話せず、誰も知らない人間の中にいきなり放り込まれて、心を閉ざしていた七歳の少年。 ──僕は石川雅明だ。アウグスト・ヨーゼフ・フォン・シュレーゲルなんて名前じゃ ...

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 ソルヴェイは日本人とドイツ人のハーフで、ずっと日本で住んでいたが昨年母親が亡くなったので、父親のいるドイツへ引き取られたのだという。 シュレーゲルの館の隣に、ソルヴェイの住んでいる館がある。境が森しかないため、出入り自由な状態になっていた ...

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 そうして十一年の歳月が過ぎた。 今日も大きなアルブレヒトの館の中の自分の部屋で、雅明は熱心に絵を描いていた。 大学へ入って初めての冬だ。  学生時代と変わらず、抜群の容姿と明るい性格で雅明は人気者だった。ひっきりなしに友達が訪れ、また雅明 ...

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 ソルヴェイと結ばれた翌日の昼、雅明が彼女との結婚の許可をもらうためにアルブレヒトの部屋へ行くと、エリザベートが来ていた。「ちょうどよかったアウグスト、エリザベートの横に座れ」 彼女の隣などいつも座っているのにと雅明は内心で首を傾げたが、特 ...

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 翌朝、アルブレヒトは、雅明の部屋で置き手紙を握りしめた。” 愚かな孫をお許しください ”  部屋の中のものは、ほとんど持ち出されておらず、事件性は皆無だった。 置手紙を発見したのは館のメイドで、いつも六時に朝食のテーブルにつく雅明が部屋か ...

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 フランスの絵画展を終えた雅明を待っていたのは、ディートリヒ邸の人々の冷たい視線だった。「おかえりなさいませ」「……ただいま」 出迎えた執事は、いつもと同じ丁寧な口調なのに、その表情に温かさがまったくない。 心当たりが無い雅明は、首をかしげ ...

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 ぐいぐいと己の慾を押し込み、細い腰を腕で固く抱きこんで揺さぶると、女は嬌声をあげて自分にしがみ付いてくる。柔らかな肌は吸い付くようで、どこもかしこも甘い香りが漂う。好きな匂いではない。だが、嫌いでもない。 口付けを求められて望みどおりに舌 ...

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 雅明はアルブレヒトに遠慮して館には帰らずに、シュレーゲルから100キロほど離れた街に、小さなアパートを借りて一人で生活を始めた。絵筆も再び取ったが、今まで描いていた人物画を描かず、抽象画を描くようになっていた。再会したシラーはそれを残念が ...

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「居たぞ! あそこだっ」 拠点にしていたあばら家で情報機器の後片付けをしていた雅明と、組織のメンバー数人は、その声を聞くなりさっと各々の荷物を担いで屋根に上がる。 闇夜だ。田舎町の真夜中なので明かりは少ない。 押し入って来たのは、今敵対して ...

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 夏の暑い日だった。 雅明は自分のぼろアパートで、絵を描いていた。 この数年で闇の組織の重要な仕事をまかされるようになり、今ではアパートで絵を描きながら指示を出すだけで、自分自身はあちこち飛び回らなくなっていた。 まったく売れなかった絵が、 ...

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 エリザベートと食事をした翌日、朝から激しい雨が降った。雅明は仕事があるという少年を車で自宅の近くまで送ってやり、そのままトビアスの館へ行った。 厨房で朝食を作ってもらい、一人で食べていると、アンネがやって来た。「貴方、ご飯ぐらい自分の部屋 ...

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 月日は流れ、雅明は二十九歳になっていた。 アンネがたまたま館を開けた夜、雅明はトビアスに呼びに出されて、ベッドを共にしていた。「お前は本当に美しいな……」 慾を握りこまれて、雅明は身体を熱く震わせながらトビアスの熱を存分に味わう。その力加 ...

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 飛行機で睡眠薬を飲まされて眠らされ、目覚めた時には、恵美は見知らぬ部屋に居た。薬が切れたばかりで動けない恵美は、首だけ何とか動かして、窓から見える日本家屋の屋根を見て、日本へ帰ってきたのだと思った。(早計だったかな。でもきっと、嫌だと言っ ...

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 夕日が家々の屋根へ沈もうとしている。 混雑する道を避けて奏が車を走らせているので、奏のマンションへ帰るのではなければ、穏やかなドライブ帰りだ。 もう季節は冬に入っていた。 あの日、マンションに完全に監禁されると恵美は悲しく思っていたが、幸 ...

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 眠れないまま、恵美は朝を迎えた。 時計は五時半を指している。眠るのを諦めて、恵美はベッドから起き上がって着替え、顔を洗った。 二十四時間空調システムが働いている部屋は、真冬でも快適な温度が保たれている。自分の家なら、震えながらストーブに火 ...

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 佐藤邸へ戻った恵美はすぐに暫く住んでいた部屋へ通され、ベッドへ横たえられた。切られた足首を雅明が消毒して、手馴れた手つきで包帯を巻いていく。「その怪我は?」 救急箱を持ったナタリーが不審そうに聞いてきて、雅明が事のあらましを話すと激昂した ...

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 美雪と穂高は恵美の姿を目にした途端、それぞれ持っていたものを放り出し、思い切りしがみついてきた。「お母様っ!」「おかあさんっ!」 恵美もしっかりと二人を抱きしめた。この数ヶ月会いたくて気が狂いそうだった。子供たちも同じ思いだったとすぐにわ ...

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 病気も治り、ただの居候をしているのはかなり心苦しいので、恵美はなんでもいいから仕事をしたいと貴明と麻理子に言った。「仕事……ねえ。うーん、悪いけど足りてるから」 貴明は気まずそうに口を濁した。「なんでもいいのよ。清掃係でもなんでも……」「 ...

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 そんなことがあった翌日、ソルヴェイが一人で恵美の部屋へやってきた。その目は遠慮気味ではあるものの、雅明について話したがっているのがすぐにわかった。「どうぞ、お入りください」 恵美は緊張気味にソルヴェイを部屋に迎え入れ、彼女のためにコーヒー ...

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 それから数日が過ぎた。 麻理子にソルヴェイとは関わるなと言われたものの、向こうからやってくるのを避けるのは難しかった。恵美と違って麻理子は佐藤邸の女主人として何かと忙しくしており、暇がたっぷりあるソルヴェイのように恵美と一緒にいられる時間 ...

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「まったく、いい加減にしてほしいな。早くあの女を追い出せ」 貴明が刺々しく、窓際に持たれて煙草をふかしている雅明に言う。 部屋の隅のベッドで眠っている恵美のそばには、麻理子が居て様子を見ている。 雅明は恵美をちらりと見ただけで麻理子に睨まれ ...

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 翌日、アネモネがやって来た。「メグミ元気? マリコもおはようございます」「おはようアネモネさん」 麻理子はアネモネに丁寧に返事をして、恵美の身体の状態を手短に説明し、次の仕事のために部屋を出ていった。「はあ……すごいわねあの人。さすがタカ ...

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 深夜、貴明は眠っているところを、麻理子に起こされた。「……誰だ?」「ソルヴェイさんです」「…………」 差し出された受話器を受け取り、貴明は何だと言った。『察しがついていると思うけれど、アウグストを無事に返してほしかったら、一億円用意なさい ...

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 自分の身体が腐っていく感覚とは、こういうのを言うのだなと、恵美は突き上げを受けながら感じる。 そして、心底望まない交わりというものが、この世に存在するのだと。 圭吾や貴明に無理に抱かれた時でも悦楽を感じていた自分は、一体何だったのだろうか ...

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 奏が仕事を終えて実家へ帰ると、亜梨沙が出迎えた。「おかえりなさいませ」「ただいま池谷さん。今日はどうでしたか?」 奏の質問に亜梨沙の顔は曇った。「お勉強をされている他は、ぼんやりとされているだけで……。食事もあまり召し上がっていらっしゃい ...

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 時は半月以上を遡る。 雅明の様子を見に来たソルヴェイは、想像以上の仕上がりぶりに狂喜していた。「よくやったわ、フリッツ、アネモネ。この礼ははずんでよ」 二人は頭を下げる、その横には視点が定まっているのか定まっているのかわからない、人形のよ ...

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 多人数の足音が近づいてくる。今度は猿轡を施された夫妻がおびえる番だった。 雅明は拳銃をアネモネに手渡して、夫妻に振り返った。「さあて、お前さんたちは裏の世界でも、掟を破りまくっていたようだな。表の世界だけだったら警察へ連れて行くだけで済む ...

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 そして現在に時は戻る。「おい、これ飲めるか?」 雅明がシロップ剤に水を混ぜた物が入っている吸い飲みを差し出すが、意識が朦朧としている奏は返事をしない。ただ、しとどに汗をかいて、息をか細く吸ったり吐いているだけだ。「だれか他に人はいないのか ...

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「恵美様、奥様がご一緒に外出をと申されております。お着替えください」 いつものお茶の稽古の後、亜梨沙にそう言われ、恵美はありえないその言葉に首を軽く傾けた。「……奏さんが良いと言ったの?」 奏は美和子と恵美の接触を嫌がっていたはずだ。どうい ...

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 振り向いた奏の目には、恐ろしく清らかで穏やかな光が宿っていた。「恵美」「はい」 恵美が返事をすると、奏はスーツのポケットから一枚の紙切れを取り出した。それは、とうの昔に出されているはずの婚姻届だった。 奏は、恵美たちの目の前で、婚姻届をび ...

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「……これが頼まれごとなの?」 唇が離されて恵美が聞くと、雅明は唇の端をあげて微笑した。「抱いてはいけない人を抱いてしまった。雅明さんが抱いてあげて、俺の影を消してください。だそうだけど」「嘘」「嘘じゃないさ。それに嘘だとしても、もう恵美に ...

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 春休み。 結ばれた雅明と恵美、そして子供たちは佐藤邸の人々に惜しまれながら、田舎の古い家へ戻ってきた。子供たちは家を恋しく思っていただけに、大喜びした一方で、ナタリー達とはあまり会えなくなるのが残念だと、しきりに口にしている。あれだけ懐い ...

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 驚きの後、恵美の心に生じたのは疑惑だった。 今頃になって実の両親について話しに来るなど、作り話も良いところだと追い払うべきだ。本人すら知らない出生の話を、赤の他人の、しかも一面識も無いドイツ人が知っているとは、普通なら考えがたい。 雅明を ...

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 老年の男性はリヒャルトと名乗り、青年はフィリップと名乗った。フィリップは車の部品を作る工場を、ドイツで経営しているらしい。恵美がドイツ語を解せないので、会話は恵美にも理解できる英語に変わった。「これに見覚えはありませんか?」 差し出された ...

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 鉛のように重苦しい雲が垂れ込めているせいで、すっきりしない。 恵美はそっとため息をついた。 あれからすぐに恵美達は日本を立ち、ドイツに来ている。 初めての海外旅行の子供たちは、車窓を通して次から次へ目に入ってくるドイツの街の風景に、いちい ...

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 タクシーを呼び、恵美達はリヒャルトの館へ行った。シュレーゲルの館から三キロほど東にあるその館はこじんまりとしていたが、それでも大きい。応対に出てきた老執事は恵美を見て目を丸くし、フィリップやリヒャルトに笑われた。「しつ、失礼いたしました。 ...

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 シュレーゲルの館では、貴明がまだ寒いというのにテラスのベンチに腰掛けていた。エリザベートがそんな貴明にお茶を持って来た。「アクセル、風邪ひくわよ?」「もう何年もひかないな。でも、お前に風邪引かれると、伯爵に何か言われそうだ」 貴明はエリザ ...