白の神子姫と竜の魔法 第25話

「やっと行ってくれたのね、ドリス様のところへ」

 はー……。

 気が抜けた私は、ソファに深く沈みこんだ。

 連れ去られてから、もう一週間経った。

 日夜、変態王子と貞操を守る為の攻防を繰り広げている、私。特に夜は、ちょっとした戦争状態だ。変態王子ことギュンター王子には何人か妾妃がいるらしく、彼女たちが変態王子を奪い合ってくれるおかげで、今のところは無事に過ごしている。

 昨日からだるい。気のせいじゃない。 

 オトフリートによると、あと一週間でエネルギー切れになってしまう。そうなる前に変態王子が、無理に迫ってくるに決まっている。奴が今のところ大人しく引き下がっているのは、それを見越していて、その日を待っているからなのだ。

 ううう……悔しい。

 ジークフリードといちゃいちゃできたの、たった一日じゃん。それなのに、すぐにまた変態王子に逆戻りって、どんな罰ゲームよ。

 それもこれもラン様のいらない気遣いと、オトフリートの思い込みのせいよ。一生うらんでやるからね!

 ぼすっとクッションを叩く私の手は、真珠色の美しい色のままだ。

 またロザリン姫に戻ってしまって、鏡を見るたびに違和感が拭えない。

 リン王后には不敬になるかもしれないけれど、ああいう平凡な顔立ちが一番安心する私としては、この西欧人の美女顔は目のやり場に困る。変態王子が夢中になるのも、わかる美しさだ。

 これ程の美人でも、ジークフリードは愛さなかったというから、彼は面食いではないんだろう。いい男だと改めて思う。

 ギュンター王子は変態な点を覗いたら、ジークフリードには及ばないもののそれなりにいい男だ。

 アインブルーメ王宮の敷地内にある、このギュンター王子の館に住んでいると、それとなく彼の情報が飛び込んでくる。大体は侍女のおしゃべりからのものだ。

 ギュンター王子は真面目で、有望な王太子に思われているらしく、后が決まっていないことから、アインブルーメでは夫にしたい男性一位の男なんだそうだ。信じられなくて、ひょっとすると、私の心を動かすためにわざと流している情報かと、疑ったりもした。本当だったら悲しすぎる。変態に拍車がかかるってものだ。

「殿下の名誉に傷がつきますから、もっと后らしくお振る舞いください」

 このコワイ侍女が、ギュンター王子の熱心な信望者で、変態度をストップさせた。

 恐ろしく拘束されるドレスを着させられ、侍女たちにお世話されている私は、傍目には立派に貴族の女性だけどね……。

「いいじゃないの。好きにしても。あと私、后じゃないよ?」

「人前でだらしないです。もっとおしとやかになさってください」

 このシャルロッテ、かなり口に容赦がない。どうも変態王子と身体の関係であるらしく、病的に愛されてる私が気に食わないのもあるのだろう。だったら、そのほどほどの美貌で、変態王子をもっと誘惑して欲しい。

「后じゃないってば」

「后なるであろう方が、てば、などと言ってはなりません」

 ……聞いてない。后になるのは決定事項のようだ。

 変態王子がいない夜は時間があるからと、シャルロッテは刺繍道具をテーブルの上へ並べ始めた。

「できる限り、おしとやかに振舞ってください」 

「おしとやかになったら、変態が喜ぶだけだからヤダ」

「んま!」

 シャルロッテは目を吊り上げたけど、ぜんぜん怖くない。どーせ何もできやしないんだから。ああ、思い切り嫌われて、ここから出してもらえないかな。無理だろうけど……。

 でもきっと、ジークフリードが救いに来てくれるはずだ。

 それまでなんとか、貞操を守るためにがんばろう。

 と、決意はしたものの。味方が周囲に一人もいないのは、かなり心もとない。私はどうも人望というか、そもそも人と縁がないらしく、この世界で知り合いはいても友人というものが存在しない。最初は王后で人は親しく寄れる存在ではなく、次は変態王子に拘束されて逃亡生活、安住の地にたどり着いたと思ったら、たった一日でまた敵地だからどうにもならないけど……。

 オトフリートは敵だし。

 はあ……、孤独って嫌だわ。リン王后になってた時に、もっと交流しておけばよかった。引っ込み思案なりにできたと思うんだよなあ。こんな事になるんなら、ウルリッヒ王子と王太后でもっと遊んでたら……って、ちがーう、何で私はこうも考えがまとまらないまま、遊びへと考えが流れていくんだろうか。

「ほらロザリン様。刺繍の手が止まっておりましてよ」

 シャルロッテが見咎めて、注意してくる。

 くう、大っ嫌いな刺繍をする苦行が待ち構えているとは、思わなかった。リン王后教育を受けていた時も、壊滅的に駄目で、これはあきらめましょうとジークフリードに言われたぐらい下手だったのよ。

「そうは言ってもね。いきなりお花の刺繍ができるわけないでしょ」

「貴族の子女が五歳になって、最初に刺繍するのがこれですのよ。恥ずかしいと思いませんの?」

「へえ……、器用ねえ、この国の子は」

 馬鹿にされているのに感心したら、シャルロッテはがくりと肩を落とした。

「貴女様が不器用すぎるのです。元の姫様が不得意でも、これくらいは何とかなると思っていたんですが」

 どうやら、ロザリン姫も、刺繍は壊滅的に下手だったらしい。魂が同じなら仕方ないわねえ。ギュンター王子は、私を作り物の人間であるのだと誰にも隠していないので、皆私の正体を知っている。ただ、リン王后の替え玉だった過去は隠されている。

 亡き姫をよみがえらせるなんて、元の世界の感覚で不気味だと思っているのは私ぐらいで、アインブルーメでは、それができる魔力を持つギュンター王子の強さと愛の深さが、人々の間でもて囃されて支持されている。

 変態だと思うギュンター王子の行動は、この国の人にとっては美点らしい。

 この国は、変態の巣窟なのかしら……。

 そんな事を考えながら刺繍していたら、思い切り親指に突き刺した。刺繍針だから縫い針よりは鋭利ではないけれど、それなりに痛い……。

 シャルロッテは、ため息をついた。

 気持ちはわかる。私も嫌だよこの時間。本を読んだり探検するほうがまし。

 ん? 探検?

 これって良いアイディアじゃない? 探検してこの辺を歩き回って、脱走計画を立てる……なかなか良い! 変態王子が駄目と言っても、始終私と一緒に部屋にこもりきりで、このシャルロッテだって気が滅入っているだろう。

 うん、これはいい。

 一人で悦にいっている私を見て、シャルロッテは不気味がっている。それは普通の感覚だよ。

 翌日、お茶の時間に、変態王子がうきうき顔でやって来た。この王子、お茶の時間には必ず現れ、私にちょっかいを出すのを日課としている。私が嫌がろうが冷たくしようが、お構いなしにべたべたと触ってきたり、手の甲に口付けたり、意味深に覗き込んだりしてくる。

 ジークフリードが相手なら、喜んで応えるこの行為。相手が変態王子じゃ苦行なだけよ。

「ロザリン。食べていないじゃないか。いくら必要がなくても食べるとおいしいよ」

「はあ、そうですか」

 目の前のテーブルには、ずらりとお菓子が並べられている。

「そろそろ足りなくなってくる頃だろう? だから、少しでも食べておいたほうがいい」

 そんならジークフリードの元へ返せ、ばか者。

 って言えたらどれだけ幸せか……。あー、なんで大っ嫌いな男に腰を抱かれて、べたべたされなきゃいけないんだろ。そんなことされて、お菓子を美味しくいただけるわけないじゃない。

 まあ今日は、ちょっと我慢だ。愛想笑いを浮かべて、おねだりを成功させなければならないからね。

「ん? なんだい? 言いたい事があるのなら言ってみなさい」

 どう言ったものかと考えていたら、ギュンター王子から水を向けてきてくれた。

 これは助かる。

「……あの、私、ずっとこの部屋に篭りきりは飽きるんです。外出して良いかな?」

「外出か。確かにこの部屋に篭りきりですからね。ふん……」

 ギュンター王子は考えるそぶりを見せた。上手く行くかな? 様子を伺っていたら、ギュンター王子はにこりと笑った。

「私が一緒なら、許可しますよ」

「え? 殿下はお忙しいのでは……」

「今のところ平和すぎて、特に忙しくはありません。優秀な臣下がたんとおりますのでね」

 そう来たかちくしょう……。よく考えたらこの束縛男が、自由行動を許可するわけがないわよね。

「このシャルロッテも同行させよう」

 ええええっ。それはちょっと! 見ると、シャルロッテは固まっている。ただでさえ、慕う男が嫌いな女といちゃつくのを我慢してるのに、デートまで一緒にってのは可哀相過ぎるだろう。

 なんかよく見たら、今にも泣きそうだ。

「いえ、たまにはシャルロッテにも休暇をあげた方が……」

「なるほど、やさしいねロザリンは」

 お前よりは幾千億倍はな! この鬼畜めが!

 べたべた私を撫で繰り回しながら、ギュンター王子は、なら誰を同行させようかと考え始めた。誰がなっても同じだから、どーでもいーわ。シャルロッテはあからさまに、ほっとした顔になっている。ま、これも私がこいつを嫌いぬいているのを、知っているからできる顔よね。もしラブラブ(古い……)だったら、デートなんて普通邪魔するもん。

 本当は邪魔しまくって欲しいけれど。してくれそうな側妃様方にそんなのお願いしたら、あきらかな嫌味にしかならないし。

「供の者は当日決めても良いか。その方が、あれこれ画策できないだろうし」

 変態だけあって、鋭いな。

 ギュンター王子は私の表情を伺いながら、楽しげにまた髪を梳いた。魔力が補充されていくのがわかる。

 嫌いな奴の魔力なんか欲しくないと思ってても、実際は必要だから仕方ない。燃費が悪い身体を維持するためだ。

「王宮内にいる蛆虫を駆除するのに、このデートを使わせてもらおうか。一石二鳥で助かる」

 蛆虫とは、ジークフリードの手の者の事だろう。

「王后からして彼の妹君でしょうに」

「おや、知っているのかい? まったくね、あれが一番厄介だ。シャルロッテ、あの女狐と女狐の使いを近づけるのではないよ?」

「承知しております」

 一度、御者のルーカスにしてやられたから、かなり用心深くなっているらしい。

 はっきり言って、ギュンター王子から逃れられるのは、かなり難しそうだ。

 ジークフリード。

 ノートを抱きしめてくれた時と同じように、貴方は今、私を想っていてくれてる?

 この想いがノートに写し出されていたら、ジークフリードは少しは癒されてくれるはずだ。

 そうよね?

 私は、寂しそうな貴方の傍にいたい。

 一人じゃないよって抱きしめたい。

 貴方が同じように想ってくれてるって、そう信じてるから、頑張れるんだよ。

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